国家という暴力に対する抗いは暴力にあらず 抵抗だ 「抵抗―国家という暴力との闘い―」

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2022年8月26日(金)、17時10分。

沖縄島北部に住むチョウ類研究者の宮城秋乃氏からメッセージが届いていた。私がそのメッセージを開封したのは19時45分頃だ。慌ただしく過ごしている日常の中で、それでも毎晩おこなっているライブ配信(YouTube-自分もがんばるチャンネル)の準備をするために、定位置で胡坐をかきスマホを開いた時だ。

氏からメッセージが届いていることに気が付き、すぐさまグッドボタンを押した。内容は、「いま那覇にいる」というものだった。メッセージを閉じてパソコンを開くと、「沖縄県知事選 自民・公明推薦候補の演説中に銃弾の様なものが投げつけられる(RBC琉球放送)」という衝撃的な文字と画像が目に映ってハッとした。記事を読むまでもなく、瞬時に「投げつけた」人が氏だということと、どんなものを「投げた」のか、なぜ「投げつけた」のかも瞬時に理解が出来た。

今回の件で、わたしに出来ることがあるとすれば、氏が「罪」としての行為を度重ねる前に、沖縄の基地負担軽減の実行と、北部訓練場返還地における日本政府の大罪を裁くことであると思っている。しかしまずは、いま宮城秋乃氏に降りかかる国家という暴力に楯突くために2.5日で本書「抵抗 -国家という暴力との闘い- 中村之菊」をまとめ出版した。

出来もしない口だけの、あるいは思いだけの「米軍基地反対」は、沖縄と本土の関係だけではなく人間関係をも簡単に裂いていく。「感動ポルノ」的な目線で沖縄を見ることをやめて、苦痛に耐え忍んでいる沖縄の声を真剣に聞いて欲しい。その上で、本気で権力に抗う人を「暴力」だと切り捨てず、根本的な原因を本書で理解して欲しい。

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