蠟燭に火を灯す

この記事の執筆者

わたしは自分が嫌いだ。

限りなく球に近い顔の形が嫌いで

似合わない丸眼鏡をかけている自分が嫌いで

かと言ってコンタクトは道具も全部使い捨てになるから嫌いで

だからレーシックに興味があるけど怖いからできていない。

腕もすねも毛深いのが嫌いで

だけど剃るのは「女らしさ」を求める社会に呑まれているみたいで悔しいから

あんまり剃らなくて、ときどき剃る。

体重が異様に重たいのも嫌いで

その数字を知られたら友達がいなくなりそうだから

体重をまだ誰にも言うことができないけど、

それも「痩せている方がいい」という社会に自分が合わせているみたいで嫌いで

もうあんまり体重計に乗らない。

ノリが悪いのが嫌いで

できたら関西か福岡か高知あたりで生まれたかったけど

それもステレオタイプな話だろうから結局また自分に戻る。

要領が悪いところが嫌いで

軽々と、畑をしながら洗い物をしながら接客をしていた同世代のスタッフのことを

ときどき受け入れられなくなる自分がとても醜い。

誰かが厨房でご飯つくっているときに、先に呑みはじめる人がいることに

もやもやしているのになにも言えない自分が嫌いで

「先食べちゃダメでしょ」

と言ったら、それ以降

「怒られるから」

という理由で我慢されていることがおかしいと思いながら

うまく言えない自分が嫌いで

なるべくみんなが一緒に熱いものを熱いうちに食べられるよう

計算して運ぶようになったけど

そのどっちつかずな言動しかできない自分が嫌いだ。

なにかを知ることが、

どんどん自分を狭めていく。

知ることは、しんどい。

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