かつて沖縄近海にいた3頭のうち2頭は母子だった。向井さんが2000年代に名護市嘉陽沖で行った調査時はまだ親離れせず、2頭は常に一緒に行動していた。「今回、久志沿岸を回遊したのは当時子どもだった最も若い個体の可能性が高い」と向井さんは言う。若い個体ほど活動的で、新しいエサ場を探して広いエリアを回遊する傾向があるからだ。向井さんは「辺野古の工事で西海岸(東シナ海側)に追いやられていたジュゴンが、大規模な海草藻場を求めて東海岸に回遊してきた可能性が高い」との見方を示す。また、東海岸に回遊していた個体が若い個体だった場合、繁殖相手を探していた可能性もあるという。
「しかし、今のところ若い個体は他にいないはずなので、繁殖相手を探す行動は徒労に終わるでしょう。悲しいことですが」(向井さん)
県の22年度調査では、先島を含む沖縄周辺で17年度以降、過去最多の11地点で食み跡を確認した。これについて向井さんは「ジュゴンは長距離の移動はしないため、沖縄本島近海と先島周辺で確認されたジュゴンは別個体」と指摘。その上で「沖縄本島周辺は安定した大規模な海草藻場が減っているため、移動が頻繁になっている可能性もある」と話す。
大浦湾周辺には環境省レッドリストで絶滅危惧種(IA類)に指定されているジュゴンなど262種の絶滅危惧種を含む5300種以上の生物が生息する。「軟弱地盤」が判明している大浦湾の埋め立ては今後、前例のない深部での地盤改良工事が控えている。向井さんは言う。
「日本は生物多様性条約の締約国として保全を図る国際的な責務があります」
【本稿はAERA 2023年4月24日号の記事の転載です】