住民が戦争に巻き込まれると何が起きる?~いま『鉄の暴風』を文庫本化する意味

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同シリーズが掲げるのは絶版した名著の復刻。古本市場でしか流通しなくなり、高価なため気軽に手に取れなくなった単行本を文庫本化し、再び世の多くの読者に届けるのを使命としている。選ばれるのは「後世に残さなければならない本」。ただ、沖縄戦のバイブルとされる『鉄の暴風』は、沖縄タイムス社が単行本として発刊を続けている。それをあえて文庫本化する意義はどこにあると考えたのか。

「決め手は他の本では置き換えられない、現代史の第一級の資料だと判断したことです。内容の充実にとどまらず、後世に残さなければいけないという執筆者の執念も強く感じられます」

藤岡さんはこう説明し、さらに付言した。

「本当に戦争になれば軍隊は住民を守らないという事実が、これでもかというほど浮き彫りになります。戦争ってこういうことだよ、という事実は発しないといけないと考えました」

 戦争体験者が減り、アメリカと戦争をした事実を知らない子どももいる。そんな中、来年は戦後80年を控えている。このタイミングで、最も大事な沖縄戦の著書を文庫本として発刊したい、と昨年10月に沖縄タイムス社に申し出た。

 文庫本発刊に伴い、新たに沖縄タイムス社の「まえがき」と、沖縄国際大学の石原昌家名誉教授の解説を所収している。そのまえがきには、筑摩書房の要請を受け、沖縄タイムス社は役員会で複数回にわたって議論を重ね、是非を検討した経緯が明かされている。そこには『鉄の暴風』について「沖縄タイムス社の『魂』であり『原点』である」と記されている。

 その版権の一部を他社、しかも本土の出版社に分けるのは大変な決断が必要だったと推察される。そして実際、「筑摩書房に託すことにしたのは、日本全国にこの『魂』を改めて送り出す意義を重く見たからである」と書かれている。

『鉄の暴風』を執筆した沖縄タイムス社の創業メンバーが、1950年発行の初版を日本本土の朝日新聞社に依頼したのは、米軍に占領され、日本から切り離された沖縄の住民が、沖縄戦でどんな思いをして、何を語っているのか日本全国の人々に伝えたい、という願いがあったからだ。そして今回、74年ぶりに全国に送り出すのは「沖縄で今、再び戦争の準備が進んでいる」からだとして、こうつづられている。

「辺野古に新基地の建設が進み、琉球弧の島々に自衛隊の拠点が新設され、強化され、攻撃を受けることを想定した避難訓練や疎開の計画まで持ち上がり、まるで戦前の新聞を読んでいるような感覚に陥る」

 同書に収められている「五十年後のあとがき」の中で、執筆者の一人、牧港篤三氏はこう記している。

「沖縄は、沖縄人は片時も戦争の恐怖から解放されてはいないのである」

 これは2024年の現在も変わらない。『鉄の暴風』が新刊として全国に配本されれば、どんな人に読んでもらいたいのか。藤岡さんはこう即答した。

「子どもです。さすがに小学生が読むのは難しいかもしれないですけど、中高生には読んでもらいたい」

 大人でもつらくて、容易に読み進められない本だ。しかしあえて、藤岡さんがそう語るのは、若い人たちに未来の選択を誤らないでほしい、との強い思いがあるからだ。

【本稿はAERA 2024年7月1日号を一部加筆し転載しました】

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