韓国の「ポーク」、プデチゲという「みそ汁」

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「海外派兵室」
 

ソウルでは、戦争記念館にも行った。軍の外郭団体が運営し、予備役の将校が館長を務める博物館で、当然、朝鮮戦争関連の展示が主だ。済州島4・3事件や光州事件、朴正煕や全斗煥の独裁政権など、軍部が国民を抑圧した歴史に触れないのは博物館の性格からして当然だろうが、興味深かったのは、「海外派兵室」だった。

ベトナム戦争での韓国軍ヘリコプター部隊の活躍などの展示から、そのまま国連平和維持活動での韓国軍の展示につながっている。つまり、どちらも同じ韓国軍の国際貢献として、地続きに扱っていた。ふと、今年の憲法記念日に毎日新聞の対談で、宮城大蔵・上智大教授が「もし(1960年代までに)9条を改正していたら、日本はベトナム戦争に参戦した可能性が高い」と語っていたことを思い出した。そしてまた、沖縄の米軍基地がベトナム戦争でフル稼働したことも。

戦争記念館は、国防部(国防省)の向かいで、つい先日に移転するまで在韓米軍司令部のあった龍山基地もほど近い。記念館前の通りで猛烈な直射日光にさらされていると、目の前を核ミサイルを積んだ車両が行軍する妄想にとらわれた。以前、李鍾元・現早稲田大教授に「小学校に入る前ころ、核弾頭を装着できる(米軍の)ミサイルの韓国配備が大々的に報道されて、ミサイル部隊がパレードをしたときは、子供心に感動しました」と聞いた。米軍の韓国への核持ち込みが59年(李さんは53年生まれ)なので、このときの話だろう。沖縄の米軍基地に核ミサイルが配備されたのと近い時期であり、同時期には、今年復帰50年を迎えた小笠原諸島の父島や硫黄島にも核が配備されている(復帰前に撤去)。

 

今年4月、朝鮮半島の南北首脳会談について、李教授に「南北関係の改善は、近年の朴槿恵前大統領弾劾の運動から財閥批判、各界でのセクハラ告発まで『多方面での第2の民主化』とも呼ぶべき流れと並行している」と聞いた。韓国は「北朝鮮との緊張関係を背景に残ってきた冷戦時代型の保革対立を脱しつつある」とも。

実は、私は今回の韓国行で板門店も見学するつもりだったのだが、ちょうど予定の日に南北将官級会談があり、立ち入れなかった。南北関係のジクザグが一筋縄でいかないとは分かっているつもりだが、むしろこの理由で見学できない機会に「恵まれ」て、コトが前に進んでいるように感じられたのも確かだ。

翻って、「オール沖縄」をねじ伏せつつあるようにみえる日本本土の沖縄に対する姿勢、さらにそれ以外のさまざまなイシューも含めた政治・社会状況全般はどうだろうか。ポークを食文化に取り入れる必要のなかったツケが、回ってきている気がしなくもない。

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