個人の悲劇という「屍」
しかし、基地の過重負担は是正されないまま、悲劇が繰り返されてきた。
16年4月、元米海兵隊員で当時軍属だった男が、うるま市内でウオーキング中だった女性会社員=当時(20)=を襲い、ナイフで刺すなどして殺害。遺体をスーツケースに入れて雑木林に遺棄する事件がおきた。
同年6月の県議選の選挙運動中、山内さんは集会などであいさつするたび事件に触れ、「県民の命を守れなかった」と頭を下げた。少女暴行事件に抗議する95年の県民大会で大田知事がにじませた苦悩の深さを再認識せずにはいられなかった。
この25年は何だったのか―。事件で浮き彫りになった課題は日米地位協定のゆがみと沖縄の基地の過重負担だ。
沖縄県は繰り返し日米地位協定の改定を求めているが、日米両政府は運用改善での対応を重ねてきた。日本側捜査に支障が大きく、95年の少女暴行事件で批判が高まった、「身柄が米側にあれば起訴まで米側が拘禁する」と定める17条の規定についても、両政府は「殺人または強姦という凶悪な犯罪」で日本が起訴前に身柄引き渡しを求めれば、米側は「好意的考慮を払う」とする運用改善で合意した。
しかし、県警OBからはこんな声も聞かれる。
「運用改善で捜査上の支障は解消されたように国は説明していますが、とんでもない。米軍は身内を守る意識が強く、一等国から来たという自負も強い。現場の捜査員は今も忍耐、忍耐の連続ですよ」
容疑者の照会を依頼しても適当にあしらわれ十分な協力が得られなかったり、取り調べ中に弁護士でもない兵士が入れ替わり立ち代わり訪れ、数時間おきに接見を繰り返したり。捜査妨害としか思えない嫌がらせを何度も経験したという。
「米側から抗議を受けると、ささいなことでも外務省は敏感に反応し、捜査現場の末端までお叱りを受ける。私たちにとって捜査の一番の弊害は外務省でしたよ」
沖縄に米軍を引き留め、過剰な基地負担を押し付けているのは日本政府だ。そうした内実は、米国の元政府高官のインタビューや米公文書が機密解除されるたび浮き彫りになっている。
前出の立岩さんは忸怩たる思いを吐露する。
「事件の背景にある、沖縄の基地の過重負担を何とかしなければならない、というところにまで議論が進まなかったことは認めざるを得ません。被害者は今もトラウマを抱えて生きているはずです。その重みを我々がどう受け止めるか……」
立岩さんは事件報道にかかわった者として、「報道したことの正義」とは一体何だったのかと考えをめぐらせ、あえぐように言葉をつないだ。
「こうした個人の悲劇という『屍』をあと何回、乗り越えなければならないのか」
【本稿は週刊AERA9月7日号を加筆修正しました】