「弱者の連帯」の可能性
水嶋さんらは13年12月に沖縄での事前研修を経て、14年7月から記録集作成のためのヒアリングに着手。「被差別体験」「沖縄文化とのつながり」「沖縄とヤマトとの違い」「沖縄との関係の継続性」など多岐にわたる質問項目からなる調査票を準備し、聞き取りに当たった。主な年齢層は聞き取り時、50代半ばから60代後半。中には、08年から断続的に14年間、野宿生活を続けている68歳の男性もいた。
今回の聞き取りで、川崎で路上生活をしていても、沖縄に関する情報感度が高いことが浮かんだ。高校野球で沖縄選出の高校の勝敗に一喜一憂する人や、辺野古新基地建設に関する動きを把握している人も多かった。情報源は主にラジオだ。
「野宿をしていて沖縄とのつながりを何で確認しますか」との問いに、キーホルダーを差し出す人もいた。沖縄本島をかたどったキーホルダーには「おきなわ」の文字が彫られている=写真参照。サビも混じる、年季の入ったキーホルダーには男性の故郷への思いがにじんでいた。
「川崎駅のベンチで、以前から知り合いだった人から聞き取りをしたときです。14年の調査時に49歳だったこの男性に質問したところ、言葉では回答せず、ニコッと笑いながらポケットから取り出したのがこのキーホルダーでした。彼の表情がすべてを物語っていて、キーホルダーを入手した経緯などをあらためて尋ねる気にはなりませんでした。なんかいいなと思って、『写真撮っていい?』と聞いて撮影させてもらいました」(水嶋さん)
横浜市や川崎市には沖縄出身者の親睦団体「沖縄県人会」もある。だが、こうした団体とは距離を置く人がほとんどだ。「県人会と関わりがありましたか」との調査票の質問に、「ある」と回答したのは1人だけ。現在の境遇や居場所を地元の人に知られたくない、との思いが見受けられる。
そんな川崎の沖縄出身の野宿者たちの生き方に、水嶋さんは「弱者の連帯」の可能性を見出そうとしている。
「厳しい環境の中で、地面を這いつくばって生きてきた人たちがほとんどです。集会やデモといった社会運動の枠やスタイルにはなじまないけれど、弱者固有ともいえる支え合いやつながりをもつ、この人たちには別の闘い方がある、と思わせられます。活動を始めた93年頃からずっと模索している弱者の連帯のヒントが、沖縄的共同性の中に隠されているように感じています。1人ひとりのウチナーンチュから話をじっくり聞くことで、その答えに近づけるのではないかと考えています」
冊子の冒頭にはこうつづられている。
「故郷を遠く離れ、ヤマト川崎にたどり着き、生き抜いてきた皆さんの強さ、弱さ、喜怒哀楽は、ヤマトの我々、そして野宿者たちに強烈な印象と大きな影響を与えました。それをなし得た沖縄人野宿者の生の深み、広がりを、少しでもこの特集で明らかにできたなら幸いです」
冊子は2500円で会員以外にも販売。問い合わせはstory@jcom.zaq.ne.jp
【本稿は5月14日公開アエラドットオリジナル原稿の転載です】