反省しないDHC制作会社と沖縄県民の訴え
判決の言い渡しが終って閉廷が告げられると、廷内にいた記者たちがひとりの男性を追いました。マスク姿のその男性が廊下で声を発し、DHCテレビの山田社長であることがわかりました。一審のときより痩せています。裁判所前で取材に応じると言い、その場所ではマイクを握ったケント・ギルバート氏がカメラを前にして社長を待っています。ケント氏を取り囲む記者たちも被写体にし、笑いに変えてゆく収録が始まりました。
ケント氏は、いわゆる憲法改正を推進する保守団体の代弁者です。様々な書籍を出版していますが、私が彼を差別的思想の持主だと強く意識したのは、フジサンケイグループの教科書出版社「育鵬社」から「日弁連という病 日米弁護士コンビ怒りの告発!!」(2019年1月、北村晴男弁護士と共著)を読んだ時でした。
いわゆる「ネトウヨ」を増殖させる主張「日弁連は反日勢力に乗っ取られている」と声高に唱え、在日コリアン弁護士たちが設立した団体に対し、「(彼らの)言うところの人権というのは、被害者を騙ることによって、逆に自分の地位を優位に立たせて、加害者に仕立て上がられてしまった相手からお金を取ろうとする『被害者ビジネス』の文脈における人権ではないでしょうか」と批判していたのです。そして「(在日コリアンの人びとは)イヤなら、さっさと朝鮮半島に帰ることができたのです。にもかかわらず自分の意思で日本に残った」と中傷していました。歴史的事実から目を背け、近現代史を語るうえで避けて通れない植民地差別の構図を日本人に成り代わって否定する、差別を擁護する保守論客と言えるのです。
そのケント氏のもとへ山田社長が駆け寄って、用意した垂れ幕「不当判決」「プチ勝訴」を掲げました。「番組動画を取り下げなくてよいから勝訴」との屁理屈は一審判決時と同じですが、一審同様に動画がアップされている限り謝罪文の掲載が命じられています。
記者たちから「あなたたちは何も取材せずにデマを報じたんですよ」と詰め寄られる中、輪の中にいたひとりの男性が声をあげました。「沖縄を侮辱しているんですよ!」。その声の主は、沖縄から上京していた作業療法士の泰真実(やすまこと)さんです。
泰さんは、『ニュース女子』によって直接的に侮辱された一人です。番組リポーターの井上和彦氏が名護警察署からかなり離れた場所で撮影取材しているのを目撃しました。警察署前で静かに抗議行動をしている泰さんらに対し、『ニュース女子』の映像は「いきなりデモ発見」とのナレーションとともに、こうリポートするのです。
「いました、いました、いました、いました。反対運動の連中がですね(略)カメラを向けているとですね、もうアイツ、アイツだみたいな感じで」「これ近づいたら危ない 危ない」とスタッフの声が入り、「このままだと危険と判断し、一旦撤収」とのナレーションが流れてスタジオは爆笑に包まれます。こんな調子で、基地反対運動に取り組む人びとを嘲り笑い、見下げていきます。
泰さんは高齢者施設で働いています。高齢になっても幼少期に体験した沖縄戦が心の傷として消えず苦しみ続ける人も少なくありません。地獄を生き抜いたけれどと家族にも話せない当時の記憶をこっそり泰さんに話す高齢者もいます。そんな戦争体験を聴いてきた泰さんは「米軍機が飛ばない平和な島になってほしい」とずっと願ってきました。年金暮らしの高齢者たちが座り込みまでして基地に反対するのに自分が何もしないわけにいかないと平和運動に加わりました。自身もデマで中傷され、「過激派」とネットで叩かれたこともあります。その泰さんがケント氏らに向かって「沖縄を侮辱している」と本音をぶつけたのです。リポートを終えたケント氏らが車に乗り込もうとしたとき泰さんも後を追いました。するとケント氏は振り向いて泰さんの顔を無言でにらみつけ、威嚇したのでした。そばには、虎ノ門ニュースの撮影スタッフがいて「いい絵が撮れた」と呟いて去っていったのです。
判決後の会見で辛さんは・・・
判決後、辛さんは、裁判所から離れた会場で会見しました。『ニュース女子』に充満する悪意について繰り返し次にように述べてきました。「沖縄の平和運動を叩くために在日である私の出自を使い」「地上波がお墨付きを与えたんです」。当番組は、沖縄差別、在日差別、女性差別の3つが絡み合ったものでした。550万円の慰謝料が高裁でも維持されたものの、「沖縄に対して申し訳ない気持ちがある」と苦渋の表情で語りました。辛さんはこうも言います。
「下水にあった汚水がふたを割って地上にあふれ出たという状況だったと思います。ふたはもう割れているからどうにもならない。裁判で私は少なくともふたを手に入れました。溢れ出た汚水を止めるのは私ひとりの力ではできない。多くの人たちの力を借りて、きちんとふたをするところまで持っていかなければ、ずっとだだ漏れの状態です」
司会を務めた長谷川氏は、番組編集や内容に直接関わっていないとされ責任を問われませんでした。辛さんは強調しました。
「ここから先は、日本のジャーナリズムが考えてもらいたいと思います。被害当事者の私がやっとふたを手にした。日本のジャーナリズムが一緒になってふたを閉じてくれる。ネットの中の言説に対し、一緒に闘ってもらえたらと思います。」
『虎ノ門ニュース』が報じたこと
この判決から5日後、『虎ノ門ニュース』では、ケント・ギルバート氏と経済評論家の高橋洋一氏、お笑い芸人の居島一平氏が出演するスタジオに山田社長がいつものおどけた調子でやってきて「『ニュース女子裁判』控訴審判決」を報じました。40分近く繰り広げられたトークの冒頭は、ケント氏が裁判所前で行ったリポートと山田社長の報告、そして記者とやりとりするシーンのVTRが流されました。取材のため囲んだ記者たちに「あっち系の皆さんが集って来た」と揶揄する字幕を入れ、不当判決の垂れ幕をだす場面には「ウケた」などと文字を添えて笑いをまぶし「DHC敗訴」を矮小化することに終始します。「あいつら」「連中」「あっち系」と記者や沖縄県民、平和運動にかかわる人びとを蔑んで表現するのも彼らの特徴です。
スタジオでは「(記者が)デマでしょう、取材してないでしょうと言ったが、裁判の論点はそこでない。名誉棄損があったかどうかしか論じられてない」と山田社長が誤魔化し、「デマではない、言い過ぎた部分があっただけ」と捻じ曲げます。もっとも見逃せないのは「(基地反対派によって)救急車とめられたりもありましたし」と5年前に完全否定された虚偽情報を再び論拠として挙げたことです。
続いて日本弁護士連合会(日弁連)に対する批判で盛り上がっていきます。DHCがホームページ上に在日コリアンを差別する文章を掲載したことに対し人権侵害にあたると指摘し、DHCと創業者の会長に警告書を日弁連が送ったことに対して、「日弁連は、左翼っぽい。モラル違反だ」とケント氏が貶めていきます。お門違いも甚だしいのですが、こうした敵対的主張で自らが権威となり、相手を蔑めることができると信じているようです。特定の記者を槍玉にあげて個人攻撃を繰り出すのも、批判を封じ込めようとする暴力に感じます。
こうした差別やデマに加担する人たちこそ本来は非難されるべき対象です。ですが体制に与してか、権力代弁のビジネスに乗っかろうとしてか、あえて見過ごし、こうしたコメンテーターたちを地上波が登板させ続けていることに私は忸怩たる思いでいます。MBSラジオもそのひとつです。誰だって無意識に差別する側に立つことがあります。しかし、その差別行為を全く反省しない人にギャラを払って語らせてはいけないと私は思います。それは、世界中が戦争という磁場へ引き寄せられる恐れのあるいまだからこそ痛切に感じるのです。