沖縄と本土との溝はなぜ「ある」のか

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自己紹介

 

私が、沖縄本島北部の本部(もとぶ)町営市場で服作りのお店「ゴロニャー」を始めるきっかけになったのが、2015年の本部町議が告示される前々日の旦那の立候補宣言。家族で本部に引っ越してきてから4カ月のことだ。

私自身は同じ本部の瀬底島出身だが、旦那は沖縄本島南部の浦添市出身。タシマー(沖縄の言葉で「他の島」=「見かけない人」)の立候補で、本部町内が私たちの噂やありもしない話に振り回されつつの選挙となった。彼は落選したが、町議選に立候補した親富祖さん、という覚えられ方は今でも定着している。

旦那は2015年の町議選立候補で無職になったわけで、迷うことなく自営業の道へ滑り込むこととなった。長男が2才で長女が1才、犬が2匹と無鉄砲な私たち親。前途多難なのは一目瞭然の船出となった。

お店を始めて来年で5年をむかえる。試行錯誤の服作りの中でぶれずにいたことは、「環境や社会に配慮したもの作り」をしていること。子をもち、親となり、次の世代に受け継いでいく環境や社会を強く意識するようになり、草木染めも必然的に取り入れた。

沖縄の草木での染めものにこだわることで知ったことも沢山ある。たとえば、福木(ふくぎ)という木の皮での染めものは、琉球王国時代には限られた人だけが身に着けることが許されたことなど。ちなみに、「ゴロニャー」の福木染めは、生きている木ではなく間伐材を使う。手間はかかるけど、皮と同じ発色になる実も利用している。

 

沖縄の人はよそ者を受け入れない?

 

さて、この間、沖縄でダイビングショップを経営している本土出身の人が、「(沖縄で)30年やってきたが、地域の人たちには(本土の人を)受け入れる姿勢がない、そこは沖縄の人の悪いところ」だと言った。それから色々考えをめぐらした。

沖縄と本土の間に溝があるのなら、やはりその溝は埋めたい。私も普段から本土から沖縄に来る人々との間に溝は感じているし、その溝は那覇から離れるほどに深くなるのを強く感じる。でも、私自身も「違和感」を取り除けない。

服の展示会で本土に行ったとき、定食屋に入ったら、私が沖縄から来たことを知った店長のおっちゃんが、「(キャンプ・シュワブの)ゲート前に行くと金がもらえるんでしょ」「集まっている人はみんなプロ市民なんでしょ」と言う。確かに、辺野古にあるキャンプ・シュワブのゲート前には、本土からも沢山の人々が辺野古移設反対の座り込みに参加しようと訪れる。でも、お金がもらえるなら、私も服の店なんてとっととたたんで足しげく通いますよ、と言いたい。

この「違和感」。私なりの答えとしては、やはり環境と教育の違いだと思う。定食屋のおっちゃんは、東京という日本の核なるところに住みながら、事実を伝えていないメディアを教科書にしているわけだ。表現が悪いかもしれないけど「質の悪いマスコミ」と「質の悪い教育」は似ていると思う。

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