「記録する闘い」~DHC『ニュース女子』一審判決を取材して

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全く反省しない被告らと「虎ノ門ニュース」

東京地裁へ取材にいった私は閉廷後、思いがけずネット上に配信される生番組を目にすることになります。敗訴についてコメントを取るべく各社の記者たちがDHCテレビの山田晃社長を囲もうとしたところ、「生中継があるから」と外の道路わきにいる経済ジャーナリストの須田慎一郎氏のもとへ走り去っていったのです。

東京地裁前での「虎ノ門ニュース」の生中継

がに股で須田氏のそばへ走り寄る山田氏の姿は「虎ノ門ニュース」のスタジオに笑いを誘います。地裁前でふたりはリポートしますが、そこは「ニュース女子」に共通する軽いノリです。山田氏はカバンから裁判結果を伝える手書きの垂れ幕を引っ張り出し、原告側が求める動画削除が認めらなかったと説明して、番組を取り下げなくていいのは「まあまあ勝訴」と下手な字の垂れ幕を掲げてアピールします。須田氏も調子を合わせ、請求額が1100万円なのに550万円支払えなのだから半分しか負けていないと言い出す始末。過去の判例に照らすと、この金額は人権侵害が重く認定したものであることは間違いないのに、ナンセンスな解説が続きます。

いっぽう、司会者の元東京新聞論説副主幹の長谷川幸洋氏に対する辛さんからの訴えは退けられます。この長谷川氏、辛さんを逆に訴え返し、自分は番組の企画や編集にかかわっておらず、不当な提訴だとして反訴状に次のような主張をしています。

「発言封じや報復目的で提起する訴訟は、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く濫訴であり、不法行為を構成し違法である。被告長谷川は、これまで、原告の不合理な個人攻撃によるジャーナリストとしての名誉信用毀損及び業務妨害等の被害に耐えてきたが、原告の行為はもはや許容しがたい」

自分は被害者なのだと言わんばかりです。この反訴は棄却されましたが、確かに『ニュース女子』で、辛さんを名指ししたのは、長谷川氏ではありません。地裁前から中継リポートをした須田氏です。彼らは、辛さんや「のりこえねっと」に全く取材していないVTRをもとに当時、次のようなトークを繰り広げました。

須田氏がこう口火を切ります。「辛さんの名前が書かれたビラがあったじゃないですか。この方々というのはもともとは、反原発、反ヘイトスピーチなどを職業的にずーっとやってきて、 今沖縄に行っている」。

経済評論家の上念司氏は「『スキマ産業』です。 何でもいいんです、盛り上がれば」などと応じ、画面には「沖縄・高江ヘリパッド問題反対運動を煽動する黒幕の正体は?」とのテロップが表示されます。

司会の長谷川氏が再び「ちょっと聞きたいのは、お金ですよ」 と話題を「資金」にふってゆくと、須田氏 が「辛さんっていうのは在日韓国・朝鮮人の差別ということに関して戦ってきた中ではカリスマなんです。ピカイチなんですよ。お金がガンガンガンガン集まってくる」 と言及、すかざす上念氏が「親北派ですから。韓国の中にも北朝鮮が大好きな人がいる」と畳みかけました。

長谷川氏は相槌を打ったり、話を盛り上げる役回りに見えますが、その肩書からこれらのトークに信ぴょう性を付加する役割を担っています。沖縄の基地問題を真摯に取材したことのあるジャーナリストであれば、欺瞞やウソはすぐ見抜けるはずです。しかも、彼らは辛さんだけでなく反対運動をする当事者にも全く取材していません。

放送倫理・番組向上機構(BPO)は、重大な放送倫理違反があり、辛さんへの民族的差別を含んでいたと認め、TOKYO MXはその決定を受け入れて謝罪したのに対し、彼らは開き直ったままです。まるで反省していません。それどころか、「BPOは左翼だ。解体しろ」と、矛先をBPOにむける始末。

自分はデマを作ったわけじゃない。責任は一切ない。ジャーナリストとして社会的な職責を負うのに道義的責任も何もかも棚上げしてしまう。さらに論点をすり替えて自分は被害者だと言い募る。長谷川氏の法廷での主張にあきれ返りました。

ヘイトを生む土壌となった大阪!!

この日の「虎ノ門ニュース」に出演し続けた山田氏は、こんな説明もしました。

「僕は大阪の人間なんで。大阪のテレビ番組を作ってきた、この経験、ノウハウで一般的にやっている(略)司会の方もパネラーも含めて、ひとつのテーマについてフリーハンドでしゃべってほしいというのがある。なので、ああ言うてくれ、こう言うてくれ、ああ言うな、こう言うなの振り付けは基本やりません」

  こういう流儀なんや、自由奔放にしゃべってどこが悪い。長谷川氏は悪くない。そう聞こえました。確かに大阪発ニュースバラエティーショーのスタイルを踏襲し、数字を「稼ぐ」内容にしたのでしょう。反省の姿勢を見事に示さない彼らのセオリーの源流に「テレビ」制作者としての、おぞましさすら感じます。そこには、日本人というマジョリティーを形成する側の傲慢さが深く結びつくのですが、意識的に加害性を直視しないことで、自分たちの傲慢な姿を見失うという危険な罠にはまっています。

 直接的に辛さんを名指しする発言をした須田氏は、在阪局のニュースバラエティー番組のレギュラー出演者です。重大な放送倫理違反を認めず、謝罪すらしない彼をテレビ局側はなぜ容認し、起用を続けるのか、私には理解できません。制作系の「稼ぐ」は、放送における「公共」や「倫理」を軽視してよいとのセオリーがあるのでしょうか。

 辛さんは、『ニュース女子』によって暮らしをズタズタにされます。「鮮害」「死ね」などの強烈な嫌がらせメールや脅迫状が押し寄せました。やむを得ずドイツへ2年間、研究のため移住する決断に至ったのですが、そのドイツにまでメールが追いかけてきます。しかも、辛さん本人にとどまらず、同僚の大学研究員に対してです。たとえばー

「この人物は政治活動家であり、大学教育も受けておらず、研究論文なども皆無です。そしてその活動で大変な批判を日本で受けています」「沖縄の基地問題をめぐり外国の力を使った沖縄独立を主張し、日本が沖縄を差別したと誹謗しました」

これまで多くのバッシングを一貫してはねのけてきた辛さんが、当時は記憶に残らないほど衝撃と混乱の渦中にあったと話します。

「ニュース女子の時からは明らかに一般大衆の人たちが、生活圏の中まできたという感じがしましたね。その意味では一線を越えたんだと思います」「(私が)過激だっていうふうに思われるなら、あなたがどれだけ鈍感なのか、ということをもう少し、考えたほうがいい、というふうにしか言いようがない」

 どれだけ鈍感かー。余りに多くの人びとの鈍感と無関心がここまで続いてきたからこそ、差別や偏見から脱却できない社会なのではないかー。

 辛さんがドイツから帰国し、成田空港の到着ロビーに大きなトランクを持って現れた場面から『わたしと弟』の撮影取材が始まります。初めてご自宅に同行したその日、リビングに弟さんの遺影が飾られていました。

「帰国したら一緒にバトミントンをしよう」。そんな姉との約束も果たせず、58歳で突然死した弟の義剛さん。就職差別もあり仕事に恵まれず、職を転々とし、離婚後は一人暮らしでした。

大きなため息をついて遺影を見つめる辛さんの表情。会見場で見た哀しみに近いような気がします。『ニュース女子』が地上波で流れなければ、辛さんは弟さんとの死に目に会えたかもしれない。弟さんを自ら病院へ連れていって死なせずに済んだかもしれない。

人を不幸に突き落とす。そんなテレビを誰が望んでいるでしょうか。誰かを踏みつけにして「稼ぐ」のが目的化するメディアの世界?いったい誰が望んでいるのでしょう?。日本における日本人男性というマジョリティーの側にいる制作者には、悲嘆にくれる傷ついたマイノリティー女性の存在が見えないのかもしれません。

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