復帰50年の沖縄報道

この記事の執筆者

攻撃対象に

 しかも不幸なことに、2000年前後からの歴史の見直しや日米同盟強化の動きと重なり、こうした政府方針に抗う沖縄県(民)を日本社会にとって「異質なもの」として排除する対象とする風潮が生まれた。さらに2010年以降は、ヘイトスピーチが市民権を得た時期でもある。在特会を中心とする在日コリアンをターゲットにした街宣行動やネットを利用した差別言動が瞬く間に広まった。

 社会的マイノリティや弱い立場に向けられた攻撃対象は、その時々によって変化しつつも、残念ながら沖縄県民や抗議活動は今日に至るまでその対象になり続けている。13年オスプレイ強制配備反対の県内首長による建白書銀座デモに浴びせかけられた罵詈雑言は、その象徴例であった。

 また社会全般に安定志向が浸透するなか、被差別当事者からの声を誇張された被害者意識であるとか、政府等への施策にギャーギャー反対しているだけで生産的でないとして否定する空気も強まっている。これが沖縄差別実態の根底に流れていることは否定できないだろう。

 そうしたなかで、沖縄メディアは変わっている、あるいはより明確に偏向報道だという言説も広がった。これも他の県紙の紙面作りと比較して、根拠なき嘘であることは検証済みである。そうしたなか、「普天間には人が住んでいなかった」といったデマに基づく「神話」が力を持つようになった。これらを後押ししたのは、政治家であり有名人であり、そして米軍である。

新聞論調の変化

 しかし前述したように、関心の増大は明らかに日本全体の空気を変えつつある。それを新聞論調から確認しておこう。たとえば辺野古新基地建設に絞ってみても、20年前の全国50弱の新聞の基調は、①国家安全保障上やむなし②県民のわがまま・県の責任③唯一の選択肢④後戻りできず――で、沖縄メディアはほぼ孤立無援状態であった。

 それが今日では、①はごく一部の新聞を除き「民意の尊重」を謳うまでになっているし、②についても多くの新聞は「国の責任」としている。③についても「他の現実的可能性」を指摘する論調が目立ち、さらに④では「即時中止」と明言する新聞が出てきている。まさに、沖縄の立場にぐっと近づいているということだ。沖縄「神話」の虚構が露呈しているのと同様、明らかに本土の空気にも変化がみられている。

 ただし一方で、こうした変化や前述の四つの時代区分に重なるようにして明らかになりつつある状況が、07年以降の「主張」から18年の県知事交代以降の「分断」への変化だ。実際の工事完成は政府の楽観的な見通しでさえ30年後で、実質的には完成見込みはないにもかかわらず、止まらない基地建設への既視感は広がっている。また、日本経済の縮図ともいえる沖縄経済の停滞にコロナが追い打ちをかけている状況がある。

 そうしたなかで、原発(エネルギー政策)や米軍基地(日米地位協定)といった国策に関し、頑なに対話を拒否する政府の姿勢に押され、あるいは労働組合までをも巻き込んだ経済界の強いプレッシャーの中で、沖縄ヘイトのバッククラッシュが起きやすい要因が揃ってきているということになる。戦後日本の言論状況は、約20年ごとに「構築期・躍動期・挟撃期(権力と市民の双方からメディアが攻撃されるという意味)・忖度期」というキーワードでまとめることが可能だ。

 05年以降現在も続く「忖度」状況に対してぶれることなく、沖縄に軍事施設を押し付けられ続ける現実と、その構造的な不均衡の問題点を伝えていくことで、「分断」を乗り越えていきたいと思う。

【本稿は2022年2月12日付琉球新報「メディア時評」を転載しました】

この記事の執筆者