日常生活から見る沖縄の社会変容~コトバ編

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沖縄語(ウチナーグチ)の言語復興とウチナーヤマトゥグチの微妙な関係

 

こうした言語復興の取り組みは沖縄の人々が日々の生活で使っている話しコトバにどの程度影響しているのだろうか。私の身の回りの子どもたちの話しコトバの現況は先に述べた通りで、影響は認められないが、言語復興の取り組みが始まって数年しか経っておらず、まだ成否を評価し得る段階ではないだろう 。

ただ、今回この原稿を書くための下調べで気がつき、やっかいだと思ったのは、親が自分の話しコトバを日々の生活の中で子どもに伝承してゆく「親から子へのコトバの伝承」は、現在の沖縄の言語状況においては、奨励が難しいという事だ。

沖縄本島の今の小中高生の親世代(30 ~50代)の話しコトバは日本語ないし日本語がベースのウチナーヤマトゥグチであって、ユネスコが「危機言語」に指定した伝統ある民族言語としての沖縄語(ウチナーグチ)ではもはやない。実際、この世代が使う沖縄語由来の単語・表現や言い回しは、沖縄語のネイティブスピーカー世代である「戦前育ち」の高齢者からは、「表現の仕方も発音も正しくない」「それはウチナーグチ(沖縄語)ではない」と否定的に見られる事も少なくない。

従って「正しい文法・発音・表現」からなる「正しい沖縄語」の復興を目指す立場からは、「沖縄語として正しくない」この世代の人たちの単語・表現や言い回しがそのまま次世代に継承される事を全面肯定しきれない微妙なところがあるようだ。

他方、この世代の人たち自身は、もともと子の進学・就職・仕事に役立つわけでもなければ琉球王朝以来の伝統文化でもないウチナーヤマトゥグチを自分の子供に「伝えるべきモノ」とは認識していない。実際、私が保育園や小学校の保護者活動で出会ったこの世代の人たちの子どもたちに対する話しコトバは一部の例外を除き「フツーの日本語」で一貫している。

親世代が子ども世代に自分達のコトバを伝える積極的な動機を持たず、言語復興運動もそのコトバの奨励に積極的になれないという状況では、親世代が使っていた「ユンタク(おしゃべり)」や「ウシェーテル(なまいきだ)」といった単語・表現がその子ども世代で廃れてゆく流れを変えるのは難しいのではないか。

こう考えると、たとえ「沖縄語として正しくない」としても、親世代が自分たちの話しコトバ(ウチナーヤマトゥグチ)を子どもがいる環境で積極的に使う事自体が「しまくとぅば」継承の意外に重要な「活動」なのではないかと思えてきた。逆に言語継承におけるウチナーヤマトゥグチの役割に否定的なまま「正しい沖縄語」の学習促進活動だけが進むと、「しまくとぅば」を積極的に学ぶ人達の間では言語復興が進む一方、「無関心層」や「関心はあっても勉強までする余裕はない」人たちの間では「フツーの日本語化」が一層進むという錯綜とした状況になる可能性も感じる。

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