司法が認めた沖縄戦の実態③

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米兵に捕らえられて生き延びるが

米軍は煙弾を放り込み、内間さんは苦しくなり外に出た。そこで米兵に捕らえられ捕虜となった。壕に残った母は数日後、壕を出たところを米兵に撃たれて死亡。母がおぶっていた三男も一緒に亡くなった。次男は生き残ったが、その後、栄養失調で死亡した。

内間さんは訴える。

「日本兵が私たちを安全な壕から追いやり、危険な戦場のただ中に放り出した。家族を死なせたのは国です」

国は壕を追い出して被害を受けた住民に対して戦後、何らかの対応をしているのだろうか。

実は、日本軍に「壕を提供した」住民は戦闘参加者として国から援護されている。援護法だ。この法律に基づき、内間さんは死亡した母と弟2人に弔慰金を請求したが、国から却下された。壕を出てから死亡するまで相当日数が経っているから戦闘参加者には当たらないというのが却下理由だ。

内間さんは陳述書で憤る。

「壕を出てすぐに死ねばよかったとでも言うのか」

沖縄戦被害者に国は手を差し伸べようとしない。そもそも壕追い出しを「壕を提供した」とするのは実態と違う。

内間さんは今、戦争PTSDに苦しんでいる。戦時の記憶がフラッシュバックし、死体や火薬、焼けたにおいなど、あの時に見たもの、かいだにおいが蘇る。今も強度の不眠が続いている。

内間さん家族が追い出された与座の壕は右手の森の奥にある。今は静かな時間が流れる場所だ。

(続く)

【本稿は『InFact』からの転載です】

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