県知事選下の沖縄島をめぐる

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私たちが頼れるのは県しかない

 那覇市の西海岸沿いにある飲食店。店内に設置されたウォーターサーバーが目に付いた。

「自宅にRO膜(逆浸透膜)を利用した浄水器を設置しています。その浄水をタンクに入れ、夫と経営するこの店でも使用しています」

 こう説明するのは、「水の安全を求めるママたちの会」の山本藍代表(44)だ。RO膜浄水器は、人体に有害な有機フッ素化合物「PFOS(ピーフォス)」の除去に有効とされている。浄水器は市内の自宅に3年前から設置しているという。

 県内の母親たちが同会を発足したのは19年5月。那覇市を含む7市町村に水道水を供給している北谷浄水場(北谷町)を水源とする住民の血中から高濃度のPFOSが検出された、との報道が出た直後だ。山本さんはこう振り返る。

「蛇口をひねるのが怖くなりました。ママ友に呼び掛けると、みんな黙っていられないという反応でした」

賛同者は100人超。県企業局長と面談し、取水源の変更を含む対策を要望した。汚染源は米軍基地で使用している泡消火剤と見られているが、山本さんらが当初、要望先を県に絞ったのにはこんな理由がある。

「米軍が県民の命や健康を優先していないのは明白ですし、日本政府もこれだけ多くの米軍基地を沖縄に集中させていること一つとっても県民に寄り添う姿勢は感じられません。私たちが頼れるのは県しかないという気持ちがあります」(山本さん)

当時、国内の規制値が定められておらず、県は「米国環境保護局が決めた生涯健康勧告値を下回っている」と回答。山本さんらは、せめて保育園や小学校に浄水器設置を、と求めたが、応じてもらえなかった。水への不安が払拭(ふっしょく)されないまま、さらに追い打ちをかける出来事がおきた。

昨年8月、米海兵隊がPFOSを含む約6万4千リットルの水を、普天間飛行場から下水道に流すという行動に出たのだ。米軍は焼却処分すると費用がかさむとして放出を打診。日米両政府で協議をしているさなかに一方的に作業を進めた。山本さんらはこの翌月、外務省沖縄事務所と防衛省沖縄防衛局に抗議した。

「主権国家であるのにもかかわらず、こんなことが起きるのかとショックでした」 と振り返る山本さん。ただ、「周りとこの話はできないと言う人もいます」 と吐露する。

「結局は基地問題だというのは分かるんです。だけど、水の問題について声を上げることが基地に反対することになってしまったら声を上げられない人が出てきます。基地に賛成でも反対でも、全ての人の命は守られるべきだし、人権は守られるべきなのに」

 沖縄では身内が基地関係の仕事をしていたり、米軍関係者だったり、という人も珍しくない。山本さんは言う。

「基地に表だって反対と言える人は、水問題に声を上げやすい。でも、そうじゃない人を置き去りにしてしまう運動はやりたくない。どうすれば、私たちが普段つながっている人間関係を壊さずに活動できるか、ということにはかなりの神経を使っています」

 山本さんは、保守・革新の枠を超えて辺野古新基地建設に反対する「オール沖縄」体制を築いた故翁長雄志・前知事を高く評価している。前回の知事選は、翁長氏の後継候補の玉城現知事を支援した。だが、今回の知事選は盛り上がりを感じないという。

「政治家が言うほど今の県民は『オール沖縄』を意識していないと思います。知事にはまず、県民が安全に生きられる場所を確保してほしい。県民の安全と人権を第一に考えれば、基地問題への対応もぶれるわけがありません」

【本稿はAERA2022年9月12日号を転載しました】

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