沖縄県の知事には平和を考える人が就いて
そんななかでの知事選。いずれも無所属で、元郵政民営化担当相の下地幹郎氏(61)、前宜野湾市長の佐喜真淳氏(58)、現職の玉城デニー氏(62)が立候補している。最も大事なポイントは何か。普天間さんはこう答えた。
「貧困問題もコロナ禍からの経済立て直しも重要な課題です。でも、やっぱり沖縄県の知事には住民の視点で平和を考える人に就いてもらいたい」
国益と住民の生命・財産を守ることが両立するとは限らない。「本土決戦準備の時間稼ぎ」として「防波堤」にされた沖縄戦がまさにそうだった。そして今、「台湾有事」が取りざたされ、戦略上、沖縄が攻撃対象になるリスクは高いとされる。
「戦争の犠牲になるのは住民です。このままでは、沖縄戦のように軍官民が一緒になって破滅の方向へ進むのでは、と危惧しています。県民が国策の犠牲にならないためには、知事が先頭に立って国や全国世論に発信し続けなければいけない。でないと、国全体の大きな圧力にのみ込まれ、沖縄は軍事の最前線に押し出されてしまいます」
沖縄戦の教訓は「軍隊は住民を守らない」、そして「軍隊が配備されたところが標的にされる」ことだと語り継がれてきた。だが、県内世論も変化している。朝日新聞などが今年実施した県民意識調査で、沖縄戦の体験が引き継がれているかとの問いに「きちんと引き継がれている」が42%、「そうは思わない」が52%。県民が最も重視する課題は「経済振興」が「基地問題」を上回った。普天間さんは言う。
「戦後、体験者と共に積み上げてきた沖縄戦の認識や教訓が、今どれぐらい県民に共有されているのか、正直心配な思いもあります。しかし、戦争へ向かう大きな歯車が回り始めている今、沖縄戦体験者の思いを知る私たちは諦めるわけにはいかない。沖縄の知事には沖縄戦の教訓を再認識し、そこだけはぶれないようにしてもらいたい」
穏やかな波が打ち寄せる浜の向こうに、大型クレーンや運搬船がひしめき合って駆動する。埋め立て土砂が投入されるたび、海面をつたって地鳴りのような音が響いた。
基地建設の埋め立てが進む沖縄本島北部の名護市辺野古。大浦湾をはさんで対岸にある瀬嵩浜は「貝の宝庫」と呼ばれてきた。この浜で拾い集めた約800種の貝を展示する私設資料室「貝と言葉のミュージアム」を18年から21年まで開設していた名和純さん(54)に8月26日の大潮の日に浜辺を案内してもらった。
「この辺りは砂粒が細かいので波のあとが砂地に残っています」
名和さんが指さす波打ち際に目を凝らすと、白っぽい光沢がキラキラと乱反射していた。1センチ前後の貝殻が無数に散らばっている。名和さんがほんの数秒で拾い集めた貝殻は14種に上った。サンゴ礁、岩礁、砂地、干潟、藻場。さまざまな生息環境にすむ貝だという。貝殻が点々と並ぶ浜辺の光景を名和さんは「渚(なぎさ)の五線譜」と名付けている。
「寄せ波がしるしていった線に沿って小さな貝が音符のように並んで打ち上げられているからです。瀬嵩浜の数百種の貝の帯は、大浦湾の生物多様性が結晶したかのようです」
浜では冬から春先にかけて「貝の帯」が見られる。干満の差が小さい小潮のとき、波打ち際に沿って大量の貝殻が隙間なく堆積(たいせき)している現象を、名和さんがそう名付けた。しかし、「貝の帯」は16年ごろからほとんど現れなくなった。理由は分からない。17年に埋め立てが始まった辺野古の基地建設の影響についても判断できない、と名和さんは言う。
貝の帯が再び見られる日は来るのか。名和さんは遠い将来に望みを託すようにこう言った。
「自然の砂浜は一時的に環境が劣化しても、沖合の海域が健全であれば、潮の巡りによって元のきれいな浜に回復します。砂浜の砂は常に生き物のように大きく動いていて、沖合の海底と連動しながら維持、成立しています」
だが、豊かな貝の生態系を育む「ゆりかご」として機能している大浦湾の海底は、埋め立てに不向きな「軟弱地盤」のため大掛かりな改良工事が予定されている。
辺野古新基地建設の是非は今回も知事選の争点とされる。名護市ではこの20年、選挙のたびに有権者は「判断」や「選択」を迫られ、分断されてきた。だが、「阻止」や「反対」を掲げる知事や市長が誕生しても結局、国は「辺野古が唯一」という姿勢を変えなかった。地元の人は「辺野古」について語りたがらない。名和さんも例外ではなかった。
次期知事への要望は? そう尋ねると名和さんはこう返した。
「今、わずかに残っている沖縄本来の自然の砂浜(自然海岸)を、未来の子どもたちのために残す配慮をしてほしいです」