浦添~映画『ハクソー・リッジ』の舞台
2016年に米国で公開された映画『ハクソー・リッジ』は、前田高地の戦いと呼ばれる、沖縄戦中に浦添城一帯で展開された日米両軍の戦いに参加した、衛生兵デズモンド・ドスが主人公だ。「ハクソー・リッジ(のこぎり崖)」とは、前田高地の切り立った崖に対する米軍側の呼称。敬虔なクリスチャンであるメル・ギブソン監督は、軍隊生活や戦場にあっても信仰上の戒律を守り通す主人公を造形することで、ヒューマニティを描き出している。
主人公を演じるのは、『アメイジング・スパイダーマン』主演のアンドリュー・ガーフィールド。ひ弱な設定のドスは、自分より大きい米兵を肩に担いで全力疾走したり、ロープで険しい崖の下に降ろしたり、飛んできた手榴弾を素手で打ち返したりする。
そんなアメイジング衛生兵が活躍する映画の、最も熱心なファンが在沖海兵隊だ。海兵隊基地内の映画館は、『ハクソー・リッジ』を日本公開前から繰り返し上映。鑑賞した海兵隊員たちは、教官に連れられての研修だけではなく、プライベートでも映画の舞台を訪れる。
かつての戦場は現在、浦添城跡として整備されており、普天間飛行場と嘉数高台公園が見える「ハクソー・リッジ」頂上には、ベンチも設置されている。海兵隊員の巡礼の地となってから、戦いについての日英両文の説明書きも設置された。
2020年1月初旬に放送されたNHKの番組「ブラタモリ」で、浦添ようどれ(琉球王国時代の王の墓)が紹介されてから、この場所を訪れる日本人観光客が増えた。だが、浦添ようどれからさらに坂道を5分ほど上って、「ハクソー・リッジ」まで足を伸ばす人はなかなかいないようだ。
実のところ、前田高地の戦いは、映画の日本公開まで地元でもそれほど有名ではなかった。だが、嘉数を突破した米軍は、前田高地を制しなければ日本軍の司令部がある首里を攻撃できないという点で、前田高地の戦いは沖縄戦全体の趨勢と関わっていた。
前田高地では、日本軍が「ハクソー・リッジ」の頂上で待ち伏せ、崖をよじのぼってきた米軍に機関銃で攻撃を浴びせる。米軍は進軍と同時に、日本軍陣地と思われる場所への砲撃や空爆を行ったが、日本軍は丘陵内に張りめぐらせた洞窟とトンネルにこもって耐えた。戦いは約10日間に及び、約3000人の日本兵が死亡した。
戦場跡地に立った学生が感じた恐怖
映画『ハクソー・リッジ』を観た学生が、実際に戦場の跡地に立ったときに感じたのは、恐怖だったという。映画は当然ながら、米軍側の視点で描かれている。しかし、崖を見下ろしながら左に牧港湾、正面に嘉数高台公園をくっきり見ることができる風景は、当時の日本軍がここから目にしたものを、学生に想像させたのだ。
海と空と地上から撃ち込まれる、何千発もの砲弾。崖を登ってきた米軍の機関銃掃射。身をひそめる洞窟への火炎放射……。
崖の上には、住民が避難していたディーグガマ(壕)もある。浦添住民は、沖縄島北部への疎開が許されず、前田高地の日本軍陣地の構築作業や、弾薬の運搬に動員された。前田高地が戦場となると、動員された住民が避難した壕にも、米軍は手榴弾や火炎放射器で攻撃を加えた。映画には描かれていないが、戦闘に巻き込まれた浦添住民4679人が殺されている。これは、当時の浦添村の人口の41.2%にあたる。