沖縄漁民の足跡
現在の南方澳に魚市場が2カ所ある。海鮮料理屋もずらりと軒を連ねているが、ぐうっと鳴り出したお腹をいなして、まずは市場を歩いてみようではないか。南天宮から港に向かって左手にある第1市場はフカ(サメ)やカジキなど大型の魚が競り落とされる場である。操業ルールをめぐり、日台間で議論が続くクロマグロ(ホンマグロ)が揚がるのもここである。
「マンタ」の呼び名で知られるオニイトマキエイが平べったい魚体でうずくまっていることさえある。同じ海を漁場にしているとはいえ、沖縄ではダイバーたちの人気者、台湾では水産資源のひとつというわけだ。サメだってそうだ。フカは食材として重視されるということもあって、カジキと同じかそれ以上の量が競りに掛けられていく。沖縄の海でサメが有害魚類として駆除されるのとは随分違っている。所変わればなんとやら、である。
第1市場の対岸にあるのが第2市場で、こちらは小型の魚やカニ、タコ、貝など海から取れる食べ物なら何でもいいからとにかく並べているといった感がある。どちらかといえば小ぶりな漁船が岸壁に横付けされるやいなや水揚げが始まる。細長いテープがピカピカ光っているように見えるのは太刀魚だ。岸壁の売り場では、目玉のギョロッとした原色系の魚が口を大きく開けていたり、そのまま丸ごと酢漬けにしてしまいたくなるような小ぶりのタコが整然と並んでいたりして、写真好きにはたまらないスポットである。
第2市場の先に広がる岸壁と船溜りは、かつて沖縄漁民たちが暮らしていた村の跡を掘って整備されたものである。沖縄と台湾を行き来した人々の足跡は、すでに地面ではなくなった場所にも刻まれているのである。
さて、そろそろ海鮮を味わってみることにしようか。お腹もすっかり空いていることだろう。しかし、「空腹が最高の調味料」なんて事を言ってはいけない。空腹であれ、満腹であれ、沖縄の人々が港の隅々に刻んだ足跡が旅人の好奇心を揺さぶってやまないのが南方澳の魅力の肝なのである。