日米地位協定の本質とは?―米軍の「特権」批判では見えぬ解決策―

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在日米軍の「特権」とは

なによりも、毎日新聞の特集は、日米地位協定イコール「特権」という前提が間違っている。日米地位協定は、在日米軍の「特権」のすべてではないからだ。

米軍の「特権」といえるものは、大きく分けて三点ある。第一に、日米地位協定上は規定がない「特権」。羽田空港や那覇空港などの民間空港の管制権を、米空軍横田基地(東京都)や米空軍嘉手納基地(沖縄県)など近隣の米軍基地が持っている、ラプコンの問題がその最たる例だ。また、米軍機の飛行訓練も、日米地位協定に規定がないために規制できない。日米合同委員会で定めた騒音規制措置で、横田、厚木、普天間、嘉手納の各基地の米軍機飛行に制限が設けられているが、実際には米軍の努力義務にすぎない。

第二に、日米地位協定上の規定と実際の運用が異なっている「特権」。思いやり予算と呼ばれる、在日米軍駐留経費の日本側負担。これは、駐留経費の大部分を米側が負担するとした、日米地位協定第24条の規定に反している。また、米軍基地の外で米軍機事故が起きても、日本側には事故の捜査権がない。これも実は、日米地位協定第17条の規定に反した運用である。それを可能にしているのが、安保改定の際に非公開で作成された日米地位協定合意議事録だ。

そして最後にやっと、日米地位協定の条文上の規定に由来する「特権」がくる。米軍基地周辺の制限水域・訓練水域や米軍による民間空港の使用、基地の環境汚染の問題などがある。沖縄の場合には、基地周辺の制限水域に加えて、米軍基地と接していない沖合の水域までもが、米軍艦船や航空機が射爆撃訓練をするための訓練水域に指定され、漁船や民間船舶の立ち入りが禁じられている。

なぜ沖縄だけ、このようなことになっているか。その起源は、1972年の復帰にさかのぼる。本土よりも27年間長く沖縄を占領した米軍が、復帰後も沖縄の民間地で訓練できるよう、日本政府に圧力をかけて認めさせた。ホテル・ホテル訓練区域をはじめとする29カ所、約5万4940平方キロメートルに及ぶ訓練水域は、沖縄が1972年に日本の施政権下へと復帰する日に、日米両政府が結んだ5・15メモで指定され、復帰1カ月後の72年6月15日に防衛施設庁告示で公表された。

日本に裁判権があるのに不起訴を求める米軍

2020年5月31日付の毎日新聞朝刊に掲載された、「特権を問う」特集記事もまた、問題の本質を見誤ったものといわざるをえない。

「捜査や起訴といった司法の根幹に関わるところで、米軍に対する多くの特別待遇が存在」することに注目したこの記事は、米兵・軍属による事件・事故の不起訴が、直近10年間で7044人に上ること。検挙された4307人の半数以上が、沖縄に集中する事実を解明。米軍側が、事件を起こした関係者は「公務中」だったと証明書を出せば、日本の刑事裁判にかけることが難しい現状と、起訴までの時間制限を指摘した。

また、2011年の日米地位協定の運用改善後、沖縄県内の米軍属の飲酒運転による死亡事故はさかのぼって起訴されたが、山口県岩国市内の同じ事故は不起訴のままだった事例も紹介されている。「岩国にも基地反対の声はあるが、沖縄ほど政治的に深刻ではないと考えられ」たことが、岩国の死亡事故が顧みられなかった理由との、政府関係者の証言は理不尽きわまりない。

 これらのデータや事例の掘り起こしは、新聞にしかできないことであり素晴らしい。問題は、その背景にある日米地位協定の構造を理解していないことだ。それが端的に表れているのが、公務外の米兵・軍属の事件・事故で、日本側に一次裁判権がある場合でも、米軍側が日本の捜査当局に不起訴を求めてきた事実の取り上げ方だ。

記事は、これをあたかも新事実のように書いているが、すでに様々な研究者が指摘してきたことだ。拙著『日米地位協定』(中公新書、2019年)でも触れている。だが、記者の勉強不足以上に気になるのは、日米地位協定上の米軍「特権」に直面している捜査・司法現場の現状を描くだけでは、日米地位協定の本質に迫ったことにならない点だ。

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