市長選と同じ日の市議選で、和田香穂里さんは次点だった。基地建設に強い疑問を抱き、4年前の選挙で初当選。市議として政府の動向を注視しながら、反対の声を上げてきた。惜しくも敗れたが、それでも基地建設反対の意思は変わらない。
2011年に埼玉から夫の故郷である種子島に移住した。自然豊かで星空もきれい、観光地として「手垢」がついてなくて、海も森もそのまま残っている。なによりも都会ではなかなか味わえない人と人のつながりが魅力だった。だが、その年に馬毛島基地化の日米合意が発表される。なんとしても止めなくては、と思った。
「当初は反対の声が圧倒的に多かったです。心情的には8割ぐらいの人がいやだと思っていました」
防衛省の計画は進み、地権者企業との買収合意がなされても、防衛省からは住民の不安を取り除くような、納得のいく説明はいまだにないという。
同省の説明資料によれば、米軍のFCLPが行われるのは年間10~20日間ほど。自衛隊の訓練は、騒音を伴う航空機の訓練だけでも延べ日数は年間250日を超える。心配されるのはその騒音被害だ。
「種子島からは12キロ離れていますが、その間は海があるだけで、音を遮るものはありません。防衛省は『馬毛島では騒音被害を限定できる』と説明します。種子島の人口は約3万人。つまり、それは厚木や岩国に比べて騒音被害を受ける範囲の人口が少ないという意味ではないか、と思うのです。だから我慢してくれ、と?」
種子島上空は飛行しないという説明だが、果たして米軍機がそれを守るかどうかは疑わしい。もちろん心配は漁場の被害や騒音だけではない。馬毛島は紛争が起きた際の兵站拠点となることは間違いない。
「有事の時には真っ先に狙われる。隊員宿舎など関連施設が種子島につくられれば、それも標的に。沖縄戦の記憶を語る方々は、軍隊がいたから狙われたと言われます。しかも自衛隊は住民を守ろうとはしない。住民は狭い島の中を逃げまどわなくてはならないのです」
賛成派からは基地関連の交付金で市の財政が豊かになる、という喧伝もなされ、国からの支援を期待する声も出てきているという。種子島には3市町がある。6月、同じ種子島の南種子町は自衛隊関連施設を町内に誘致する意向を表明。中種子町も施設誘致を進めている。さらに西之表市議会では6月定例会で、馬毛島へのFCLP移転と自衛隊基地整備計画に賛意を示す意見書が可決された。
だが、和田さんは「今も反対の市民の方が多いと思います」。そして「本当の豊かさにあふれた馬毛島・種子島を未来に繋ぎ、ここから平和を発信し続ける意味でも、現市長を支え、市民の力で基地建設を止めたい」と訴えながら、こう呼びかけた。「全国各地からの応援をよろしくお願いします」
前述のように、馬毛島にはニホンジカの亜種マゲシカが生息している。この島だけに住む固有種ではないが、狭い島域の中で生態系を維持し、「絶滅の恐れのある地域個体群」に挙げられている。屋久島に住み、馬毛島関連の記録を続けている川村貴志さん、未菜さん夫妻に話を聞いた。
貴志さんは画家。自然環境の豊かな屋久島に惹かれて住み始めた。長年シカの研究を続けている立澤史郎・北海道大学助教(保全環境学)の屋久島での調査を手伝ったのがきっかけで、馬毛島の調査にも協力するようになった。今はアルバイトをしながら未菜さんとともに種子島の人々のインタビューを撮影し、馬毛島の記録を残そうとしている。
馬毛島の魅力をこう語る。「せまい所に生き物の多様性があり、先史時代の遺跡や遺骨、戦争遺跡もある。子供たちが学ぶ場所には最適だと思う」。そのうえで基地建設について「自然環境がひとつ失われてしまう。遺跡も失われ、私たちが過去を振り返ることができなくなる」
シカは種子島にも生息しているが、馬毛島のマゲシカは、せまい島の中で独自の生態系を維持していて、それを観察できることが、世界的にも希少な存在なのだという。農業者にとってシカは害獣のイメージがあるが、無人島の馬毛島では農作物を荒らすことはない。
「現状ですでに絶滅が危惧されている。基地建設によって島の『地面』に手を入れれば、エサがなくなり、移動も不可能になることから危険性はさらに高まります」
クラウドファンディングで資金を募り、撮りためた映像を映画にまとめたり、youtubeで公開したりすることを計画している。「馬毛島の環境を守るには『軍事問題』に取り組むしかない。問題提起をし、多くの人にこのことを知ってもらいたい」との思いからだ。
未菜さんはこう語った。「今活動しているのは、将来、空を飛ぶ軍用機を見てから後悔したくはないから。防衛省は住民の問いかけに論点をずらさず、ちゃんと答えてほしい」