具志堅隆松さんと迎える6・23 (2) 沖縄島南部・未開発緑地帯の県有地化を

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6月22日午前9時30分。平和創造の森公園駐車場に集合した報道陣を前に、具志堅隆松さんは沖縄島南部の航空写真を広げ、未開発緑地帯を守る必要性について語った。5月25日の環境省との意見交換会でも話されたとおり、沖縄島南部は農地や鉱山の開発が進み、遺骨が残る未開発緑地帯は、崖になっていて開発が困難な場所など、ごく一部しか残されていない。具志堅さんは、こうした未開発緑地帯をふるさと納税を原資に県有地化することを訴えている。

具志堅さんによれば、この県有地化には二つの意味がある。一つは戦没者のご遺骨の保全、もう一つは沖縄戦の継承だ。「体験者が亡くなった後、沖縄戦を伝える大事な柱は場所と遺骨」であり、遺骨が残るガマがある未開発緑地帯は「次世代に継ぐべき県民の大事な遺産」だという。県有地化はすぐに実現出来ることではないし、一回のふるさと納税の呼びかけだけで全ての緑地帯の県有地化に必要な資金を確保できるとの確証もない。しかし、具志堅さんは、県有地化は10年・20年という長いスパンで取り組み、県が買い取れる場所から少しずつ買い取ること、証言が残っているガマがある緑地帯から優先的に買い取ることなどを積み重ねようと提案する。

遺骨収集をしても、微細な骨まで全て収容しきれるわけではない。具志堅さんは遺骨収集の時に壕の中から掻き出した残土を持参し、その中にも細かなご遺骨の他、日本兵の軍服のボタンなどの遺留品が含まれていることを目の前で見せてくれた。遺骨土砂問題に際し、様々な方が「沖縄の土砂には戦没者の骨・血・肉が染み込んでいる」という表現をされたが、細かな骨や遺留品が混じる土砂を目の前にすると、その表現の意味が身に染みる。沖縄の土砂は、地上戦の惨禍が刻み込まれた土砂なのだ。業者が全ての遺骨を見つけ、搬出する土砂と区分できるとは思えないし、そのような技術的試みをすること自体に人道上の問題があるようにも思われる。戦争の記憶を留める土砂は、商品として簡単に売り出せる土砂ではない。まして軍事基地建設に使って良い訳がない。沖縄戦跡の土地・そこにある自然全体を「聖地」として守ることが、戦没者の慰霊と戦争の記憶の継承にとって極めて重要なのである。

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