台湾有事に関する議論に接するとき、常に頭をよぎるのは日本の中で沖縄が置かれてきた立場だ。沖縄で暮らした17年間、沖縄の人たちが「ヤマト」(日本本土)に抱く不信感に何度も遭遇した。その根っこにあるのが「基地の過重負担」で、これを放置し続けるのは「沖縄差別」だという主張は最もストレートな心象表現として筆者の胸に刺さっている。それは沖縄にルーツを持たない「ナイチャー」(本土人)である筆者個人に向けられる疑心と重なることもあったからだ。といっても、直接言葉を浴びせられるのはごくまれで、多くはこちらが「感じ取る」かどうかによる。
沖縄における「ヤマト」との微妙な距離感は、屋良健一郎の歌集『KOZA』に収められたこんな短歌からも浮かぶ。
「ナイチャーとは結婚するな」妹に相撲を見つつ祖父が言うなり
筆者が沖縄で感じていたのは、沖縄の人たちの「ヤマトに対する不信」は往々にして「ヤマトへの期待」の裏返しでもあるということ。だから、期待を裏切られるたび不信が募る。不信には逐一理由があり、それには「痛み」が伴うことも沖縄で暮らす「よそもの」であるがゆえによく理解できた。沖縄にいた筆者は、沖縄の人たちとは正反対の立場で「痛み」を共有していたのかもしれない。
『復帰50年の沖縄世論』は統計データから沖縄の等身大の世論に迫る。軸になるのは沖縄内部の複雑なナショナルアイデンティティーだ。沖縄の人たちは自分を「何人」と思っているのか。結果は「沖縄人(ウチナーンチュ)で日本人」(52%)が最も多く、続いて「沖縄人」(24%)、「日本人」は16%。これは筆者が知る沖縄社会の肌感覚と一致する。
興味深いのは若い世代の政治意識だ。沖縄の若者は、情報ソースとして地元メディアを含むマスメディアをあまり利用せず、ネットメディア等を通じて年長世代とは異なる(本土に近い)言論空間の中を生きている。そのことが、「沖縄への基地集中は差別的だ」という理不尽さの感覚を弱めているという。
しかもこの価値意識は、年齢を重ねることで年長者に近づく「加齢効果」よりも、出生世代によって異なり、その変化も世代独自の動きを取る「世代効果」のほうが強く作用していた。ちなみに、「中国の脅威」に対する危機感は沖縄のどの世代でも高く、有意な世代差は見られなかった。
ネットの影響を受けるのは沖縄の若い世代だけではない。メディア内部でも「ネットの反応」が情報の価値そのものであるかのような見方が浸透している。「非日本的」なものを排除する装置と化しつつあるネット世論全盛の時代に、沖縄や台湾、中国とどう向かえばいいのか。
『メディアのなかの沖縄イメージ』で斎木喜美子は、戦後の本土発行の児童雑誌に織り込まれた「沖縄観」を分析する。フォーカスしたのは、米国統治下の沖縄を他誌にはない頻度と密度で伝えた少女雑誌『女学生の友』だ。
斎木は当時、学校の補助教材的性格をもっていたこの雑誌が沖縄の現状を発信し続けた意義を評価する一方、訴求力の限界も指摘する。沖縄の読者との交流や沖縄への関心を促すこと、知識・教養として沖縄の実情を伝えることはできても、「当事者性」という視点を読者に与えるには至らなかったからだ。
日常の基地被害だけでなく、まだ起きていない危機も沖縄には潜在している。これはいずれも、「沖縄の人たちを守る」のが一義的な目的ではない軍事力によって引き起こされる。この理不尽さを伴う当事者性のギャップが埋まらない限り、沖縄の「ヤマト観」も根底では変わらない。そんな気がしてならない。
【本稿は12月22日付毎日新聞記事を加筆・修正しました】