遺志は継がれるか~急逝した沖縄知事の覚悟

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繰り返された悲劇

 

翁長氏もそのうち仲井真氏のように日本政府に歩み寄るのだろうか……。もやが晴れないうちに2016年、沖縄県で当時20歳の女性が米軍属に殺される事件が起きました。那覇市の公園で開かれた抗議の県民大会の取材で5年ぶりに沖縄を訪れた時、旧知の県幹部を訪ね、思い切って先の日本政府の中の「翁長評」をぶつけてみました。憤懣やるかたない反応が返ってきました。

「県外移設は翁長さんの信念、知事選で示された民意ですよ。落としどころを探るという話じゃない。県民は基地問題は人権問題だと目覚めたんです。何でこれだけ言ってるのにわかってくれないのか……

6月の強い日差しの中、主催者発表で6万5千人が集まった県民大会の会場に翁長氏が現れました。他の来賓の時とは違って年配の人たちも日傘を置いて立ち上がり、さーっと拍手の波が広がりました。

女性暴行殺人事件の遺体遺棄現場の献花台。一周忌には翁長雄志知事も花を手向け、冥福を祈った(沖縄県恩納村)

「不退転の決意」

 

壇上での翁長氏の挨拶は、1995年にやはり県内で起きた米兵による少女暴行事件に触れ、今回の事件を悔やむことから始まりました。

21年前のあの痛ましい事件を受けての県民大会で、二度とこのようなことを繰り返さないと誓いながら、政治の仕組みを変えることができなかったことは、政治家として知事として痛恨の極みであり、大変申し訳なく思っています」

そして、こう結びました。

「政府は県民の怒りが限界に達しつつあることを理解すべきです。私は県民の先頭に立って、日米地位協定の抜本的な見直し、基地の整理縮小、新辺野古基地の建設阻止に取り組む不退転の決意を表明します」

そこで拍手に包まれていたのは明らかに、県民が幸せに暮らせる沖縄の将来のためには、米軍基地問題で今の日本政府と妥協点を探る「保守」の立場でいることはできないと覚悟した政治家でした。

翁長氏の逝去に伴う沖縄県知事選は9月にも行われます。自民党が支援する保守系の候補者は7月に出馬の意向を表明しました。日本政府が辺野古移設を着々と進める中で、翁長氏の遺志を明確に継ぐ候補者が現れるかどうかが、知事選に向けた最大の焦点と言えるでしょう。

【この記事は『withnews』から転送しました】

https://withnews.jp/article/f0180810004qq000000000000000W06k10101qq000017826A

 

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