「ポスト安倍」を見据えた戦略も
一方、SACWOの実効性に懐疑的な見方もある。
「SACWOの話を聞いて、まず思い浮かんだのは、沖縄の大田県政や稲嶺県政のときに、外務省沖縄大使の下で国(外務省沖縄事務所、当時の防衛施設庁那覇防衛施設局)、在沖米軍、県の三者の現地レベルで定期的に開かれていた三者協議です」
こう話すのは、1997~2000年に外務省から沖縄県に出向していた山田文比古・東京外国語大学教授だ。
山田教授によると、当時の三者協議は実質的に「SACOの下請けで実務的・技術的な問題のみを取り扱う」機関だったという。山田教授は、日米が受け入れるとしても「せいぜいこの焼き直し」との見方を示し、「そうなれば政治的なてこになるのは程遠い」と悲観する。
仮に官邸や外務省・防衛省の高官、駐日大使、在日米軍トップなどが加わるハイレベルの協議会設置が実現した場合も、「日米両政府は従来の県内移設という基本方針を変えて臨むとは考えにくい」とし、「下手をすると、沖縄側もその枠内に引き込まれてしまうのでは」と危惧する。
ただ、山田教授が「唯一、このいずれにもならない可能性」として挙げるのが、政局の流動化だ。
「政権交代または首相の交代が起こり、沖縄に理解のある首相が誕生する場合です」
前出の江上氏も、「ポスト安倍」を見据えた戦略としてSACWOの意義を見出している。
「政権交代も視野に入れた中長期的、かつ普遍的な協議会と見るべきです」
「辺野古」は軟弱地盤の改良工事や、知事が承認しない可能性の高い設計変更など、技術面、手続き面で工事の長期化が見込まれる。ポスト安倍や政権交代を待つまでもなく、現時点で「普天間の危険性放置」の責任は免れない。「辺野古」と切り離して「普天間の危険性除去」に取り組む上でも、SACWOは有効に機能するはずだ。
政治が現実を直視する、この一点さえ機能すれば、SACWOが浮上する機会は遠からず訪れるだろう。
【本稿は2019年3月18日号を加筆修正の上、転載しました】