沖縄のもう一つの未来、岩国

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つぶされた住民投票の民意

 艦載機の岩国移駐は2005年10月、岩国市の頭越しに決定された。岩国市は抗議したが、守屋武昌防衛庁事務次官は、「沖縄の負担軽減」策とのパッケージだから変えられない、の一点張りだったという。

 そこで、井原勝介岩国市長は2006年3月、艦載機の岩国移駐の賛否を問う住民投票を、市長発議で実施する。同月には、岩国市と周辺7町村の合併が決まっていた。その前に、艦載機移駐で騒音などの影響を間近に受ける市民の手で、住民投票を実施する必要があると、井原市長は考えたのである。

 自民党系市議によるボイコット運動にもかかわらず、住民投票の投票率は58.68%となり、反対票は全体の87%にあたる4万3233票に達した。この結果をもって、井原市長は外務省・防衛庁を訪問し、艦載機の岩国移駐の撤回を要請。だが、国は話し合い自体を拒否した。しかも、岩国市の民意を封殺する露骨な策に出る。

 当時、岩国市庁舎は建て替え工事中だった。2001年に芸予地震が発生、岩国市は震度5強の揺れに襲われ、老朽化していた市庁舎にヒビが入るなどの被害を被った。市庁舎建て替えの財源を積み立て始めた折の地震。早急な市庁舎建て替えの必要に迫られた井原市長は、SACO交付金の一部を費用にあてた。ところが、国は2006年12月に突然、建て替え工事の補助金を停止する。艦載機移駐を受け入れない限り、補助金を出さないという恫喝だ。

井原市長は、建て替え計画を見直し、予算を縮小することで、市庁舎を完成させようとした。だが、自民党系市議の多い岩国市議会が、修正予算をくり返し否決。国の圧力を受けた山口県からも、岩国市に配分すべき予算を滞らせる嫌がらせを受ける。

追いつめられた井原市長は、2007年12月に辞職。翌08年2月の出直し選挙に賭けたが、約1700票差で、衆議院議員だった福田良彦候補に敗れる。安倍晋三氏と同じ山口県の選挙区、同じ自民党町村派から出た、当時39歳の岩国市長は、2019年現在も現職にある。

沖縄の未来?

この岩国市長選は、2007年3月に北海道夕張市が財政破綻したことも影響した。福田陣営は、井原市政が続けば「岩国も夕張のようになる」と喧伝。一年以上も国と山口県の兵糧攻めにあっていた岩国市民に、この言葉はボディーブローのように効いたという。

福田市政のもとで、岩国市は再編交付金をフル活用した地域振興を進めてきた。2015年には、米軍基地のある市町村に国が直接支給する再編交付金とは別に、山口県だけを対象とした都道府県向けの交付金が創設。2018年には、県向け交付金が前年度の2.5倍の年額50億円に増額され、使途も従来のハード事業に加えてソフト事業にまで広がる。岩国市が、子供の医療費無料化の実現に続き、小中学校の給食費の無料化を要望した結果だ。岩国飛行場周辺の防音工事の補助事業も、従来は民家だけが対象だったが、オフィスも対象に加わった。

再編交付金は本来、在日米軍再編が完了すれば終了する。だが、岩国市の場合、2018年に艦載機の移駐が完了しても、2022年まで再編交付金が延長されている。安倍内閣は2017年、米軍再編特別措置法を改正。2027年度までは、岩国市などへの米軍再編交付金の支給が可能となっている。

艦載機移駐から一年が過ぎ、騒音の悪化に対する岩国市民の不満は、確実に強まっているという。錦帯橋空港も、米軍機のトラブルで民間機が利用できない事態が、これまで少なくとも3回発生している。現在の岩国は、沖縄のもう一つの未来だろうか。それとも、現在の沖縄が、岩国の未来になるだろうか。

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