<対談・佐古忠彦×松原耕二>もう一度、沖縄と向き合う【上】

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その時代の目線でアップデート

松原 筑紫さんが「沖縄タイムス」で連載していたコラムが「おきなわ:世(ゆー)の間(はざま)で」(沖縄タイムス刊)という本に収録されています。いわば沖縄版の多事争論。あの本を読むと、まさに僕らが今取り上げているテーマとか、辺野古に対して唱えていることをほとんど指摘している。でも逆にいうと、沖縄の状況が変わっていないことの証左とも捉えられます。
最近すごく思うのは、やっぱりアップデートが大事だということ。沖縄では同じような問題が繰り返されている中で、「それはもう昔、やってるじゃん」みたいな感覚がメディア内部の人間にある。そうじゃなくて、時代時代で切り取って、そのときの目線でアップデートしていく。織り直すというか編み直す作業がすごく大事だという気がしたんです。
だから、佐古さんの映画「カメジロー」を観たときも素晴らしいと思った。僕は瀬長亀次郎さんが、こんなにチャーミングな人だとは知らなかった。亀次郎さんが書かれた本も企画もいっぱいある。名前もよく聞いたし、文章も読んでたけど、でもやっぱり、今の目線でもう一回、編み直したから新鮮に感じたんだと思う。この時期にちょうど必要なアップデートだったんじゃないかな。だから多くの人が、すとんと腑に落ちたんじゃないかと思います。

歴史的な流れを一本の線でつなぎたい

佐古 「カメジロー」を映画化するきっかけとして、本土の人々の認識から「沖縄の戦後史」がすっぽり抜け落ちているのを感じた、ということがあります。近年、沖縄に対する心ない批判を聞くにつれ、亀次郎さんを通して戦後史を見つめ直したいという思いが募りました。
「辺野古訴訟」で被告の翁長知事が出廷する前、那覇市内の裁判所前に市民が集まって、翁長知事が来るのをじっと待ち続けるわけです。来たらワーって大歓声が上がって、演説が終わると、「翁長コール」で法廷まで送り出す。
こんな光景、観たことないですよね。沖縄をおいて他では絶対見られない。じゃあこれはどこから来たのか、と考えたときに、ふと、なんとなく見聞きしていたカメジロー時代に似ている気がしたんです。だから現代からそっちへワープしたみたいっていうか、歴史的な流れを一本の線でつないでみたい、という気がしたんです。

松原 でも、翁長知事の裁判所前の風景を見て、亀次郎さんを描いてみようというのは、亀次郎さんの同様の風景の記憶が残っていたの?

佐古 カメジローがすごかったのよとか、あの時代があるから今があるのよ、といったことは沖縄でいろいろ聞いていました。そんな言葉をふと思い出したんです。
僕は沖縄の県民大会に何度も足を運んできましたが、なんでこんなに多くの人が集まるのか、家族で参加するなんてすごいなあ、という思いがずっとありました。それは何なんだろうと思ったときに、やっぱり原点はこのカメジロー時代に行き着くわけです。復帰前のあの時代も、きょうはカメジローの演説があると言ったら、早めに晩御飯食べて家族みんなで会場に出かけるという。その光景って今の県民大会とつながるんですよね。そうすると結局、さっきの筑紫さんの本の話ではないですが、変わっていないわけです。戦後、米軍の弾圧が怖くて自由にものが言えない、そのときに1人の政治家に思いを託す、ということがあった。人々にとって意思表示の場でもあった。それと同じ光景が戦後70年たった今もある。常に不条理なことが目の前で繰り広げられるから、こういう状況にあるわけで、そういう意味では全部つながっている。そう感じて、「カメジロー」を描く気持ちになったんです。【10月31日、TBS社内にて収録。文責・渡辺豪、(中)に続く】

 


【略歴】マツバラコウジ

1960年山口県生まれ 早稲田大学政経学部卒、1984TBS入社、現在BS-TBS「週刊報道LIFE」メインキャスター。ドキュメンタリー『フェンス~分断された島・沖縄』で放送文化基金優秀賞。著書に『反骨~翁長家三代と沖縄のいま』など。小説も執筆。


 

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