<対談・松原耕二×佐古忠彦>もう一度、沖縄と向き合う【下】

この記事の執筆者

「両論併記」では伝わらない

 

松原 愚直という意味で、筑紫さんが書いた文章を思い出します。「沖縄タイムス」の創設メンバーの一人、豊平良顕さんに、筑紫さんが「復帰運動のとき、沖縄タイムスは復帰派で偏っていたという批判がありましたね」ということを復帰後に問うているんです。それに対して豊平さんは、「一方に圧倒的な権力を持つ統治者(米国)がいて、他方に基本的な権利を奪われている被統治者がいる。その双方の言い分を平等に並べて伝えることのどこが公正なのか。圧倒的に弱い立場の側に新聞が立つことが、この不均衡が少しでも改めることに役立てば、それが公正というものではないか」と。
それがものすごく強く印象に残ってて。最近、政府やメディア内部でもやたらと「両論併記」を求め、賛否の声を同じ分量だけ伝える、といった風潮も感じられますが、沖縄はこういう目に遭っているというのは両論併記では決して伝わらない。
沖縄では今、こういうことが起きているんだということを愚直に堂々と、両論併記ではなく、きちんと伝えるのがすごく大事だと思いますね。

少数派でいることを恐れない

佐古 筑紫さんがよく、少数派でいることを恐れるな、と言ってたけど、本当にそう思います。民主主義は素晴らしいはずだけど、その民主主義には多数決の原理があって、全国の人口比で言えば沖縄は1%。今の構造の中ではどれだけ声を挙げても、これだけ本土と沖縄の間に考え方のギャップがあると、絶対受け入れられないですよね。少数派の意見を聞くのも民主主義の大事な要素であるということ、民主主義の質が問われていることを、われわれメディアに携わる人間がもっと発信しなければいけない。少数派や弱者という区別の仕方は、僕はあんまり好きじゃないけど、そちらの側に僕らが立たなかったら、誰のために何を伝えているのか、ということになるんだと思います。

松原 やっぱり記者の仕事をしてたら、沖縄ほど伝えがいがあるというか、やらなきゃいけないと思わせる場所ってないような気がしますよね。

佐古 沖縄に行くと日本の矛盾が見えると言われますが、その矛盾に思いが至らないというのは、僕たちの仕事の在り方としてどうなのかと思います。主権を奪われている状況の中で右とか左とかいっているような話ではないでしょう。安倍首相は「戦後レジームからの脱却」を政治目標に掲げていますが、戦後レジームの一番古い部分を押し付けられているのが沖縄なわけですよね。亀次郎さんも「沖縄も占領されているけど、日本だって本当に独立できているのか」と発言しています。戦後のつけを「米軍駐留」という形で過重に沖縄が負っている。それこそが「戦後レジーム」の一番の核心であって、それをそのままにして「脱却」も何もないだろうと。今だからこそ、その点について考えを深めるのは大切だと思います。

この記事の執筆者