「重要土地等調査規制法案」廃案を目指すリスクコミュニケーション

この記事の執筆者

「重要土地等調査規制法案」については、加害者も被害者も抽象的だ。「国家による私権の侵害」と言われても、誰が誰に害を及ぼすのか全く見えない。OKIRONで何度も書いた通り、日本にいる全市民が「潜在的な被害者」だが、基地・原発周辺で暮らす人たちや、そうした地域に知人がいる人たちを除いては、「あなたも監視・弾圧の対象になる」と言われたところで実感を持ちにくい人が多いのだろう。

かといって、加害者が誰かも判りにくい。「悪法を押し通す菅政権が悪い」というのは、あらゆる政治課題に言えるし、この法案そのものに焦点が当てらない。かといって、この法案の審議で国会答弁に立つのは、内閣官房や防衛省の官僚であることが多く、「悪代官」としてアイコン化しづらい。

内閣総理大臣が「命じた者若しくは委任した者」が、土地取引を規制したり、市民運動に介入したりすると言っても、具体的に誰がどのように自分たちの生活を脅かすのかイメージしづらい。「警察官や自衛官が戦時中の憲兵のようになり得る」と言っても、多くの人にとってはまだ現実味はないだろう。

辺野古の座り込み現場にいる機動隊員や、住宅地でも弾薬を運搬する自衛隊員を、直接でもメディアを介してでも目にする機会の多い沖縄の方々に比べ、ヤマトの市民の危機意識が高まらないのも無理はない。

そもそも法案を出してきた側が、「国家安全保障上重要な土地」のリストも示さず、具体的に誰がどのような基準で、どのような規制を行うのかも明らかにしないから、具体的な被害のシナリオが描けないのである。特に基地も原発もない地域では、発生しうる被害を仮想・空想するしかなく、それがどれほど確実性を持つのかすら判らない。予測可能性が皆無の法案を提出し、市民の危機意識・当事者意識を抑制する、政権の狡猾な策略である。

その上、政権は「中国・韓国などの外国資本が基地周辺の土地を買い取ろうとしている」という陰謀論を「立法事実」として出してくる。米中対立や、歴史認識・領土問題等を巡る日中・日韓関係の悪化を背景に、中国・韓国への反感・猜疑心を煽る報道が増えているから、「重要土地等調査規制法案」が市民生活に与える脅威より、外国資本による土地買い取りのリスクという陰謀論に現実味を感じる人がいても不思議ではない。

この記事の執筆者