【おすすめ3点】
■ぼくたち、ここにいるよ―高江の森の小さないのち(アキノ隊員、影書房)
沖縄本島北部のやんばるの森に生息する昆虫や爬虫類、鳥などを紹介
■ガマ―遺品たちが物語る沖縄戦(豊田正義著、講談社)
実在の人物をモデルに描いた沖縄戦の遺品にまつわるストーリー
■沖縄戦の戦争遺品(豊里友行著、新日本出版社)
国吉勇さんが生涯をかけて収集した沖縄戦犠牲者の遺留品の写真集
沖縄のコロナ禍は全国で最も深刻な状況にある。だが、SNSやネットのコメント欄は県民性や知事の政治スタンスをあげつらう反応も目立つ。県民のいら立ちが募るのは当然としても、県外在住者が上から目線で「自業自得」と罵るのは筋違いも甚だしい。
沖縄ではこの1年半、海を隔てた県外からウイルスが持ち込まれる「移入例」が感染率上昇の引き金になってきた。県民が自粛しても有効な水際対策が確立されない限り、沖縄は絶えず感染拡大リスクに脅かされる。そもそも沖縄の感染拡大や医療崩壊は首都圏などと違って、自分たちの地域には波及しない、と高を括っている人が大半ではないか。同じ国なのに、どこか他人事。報道のスタンスも含め、そんな気がしてならない。
この調子なら為政者が開戦を決意する際、「戦場は沖縄とその近海に限定される」と説けば、安心材料と受け取る国民も少なくないだろう。この国ではコロナ禍の五輪開催ですら、「安全・安心」と言ってのける無茶が通った。「歴史認識などで一部から反日的ではないかと批判されている人たちが、今回の(五輪)開催に強く反対している」と持論をぶったのは前首相だ。
専修大学の山田健太教授は6月12日付『琉球新報』で「とりわけ国策に反する異論を排除しようとする動き」として、近年相次いで成立・改正された「治安立法」を列挙する。その特徴は行政による恣意的適用が可能なこと。最も厄介なのは「社会全体に漂う規制に寛容な市民感情」だという。自由の制約によって公共益が担保される側面もあるからだ。直近の例として山田は「安全・安心のためならやむを得ないという気持ちから、緊急事態宣言に対してもより強い私権制限を期待する声が強い」と説く。
おかしなことはおかしい。ただそれだけのことなのに、「常識」が崩れると、声を上げ続けている側が社会から浮き上がってしまう。
チョウ類研究者の宮城秋乃が8月3日、威力業務妨害などの容疑で那覇地検に書類送検された。宮城は沖縄本島北部の米軍訓練場跡地で大量の弾丸などを発見。放射性物質を含む電子部品もあった。日米地位協定は米側に原状回復義務を課していない。肩代わりした日本側の除去作業もずさんだった。県警に回収を求めたが取り合ってもらえず、元の持ち主である米軍の基地ゲート前に廃棄物の一部を置いた。これが強制捜査の容疑になり、6月に沖縄県警の家宅捜索を受けた。
著書『ぼくたち、ここにいるよ』で宮城が寄り添うのはやんばるの森で暮らす、声を上げる術のない小さな生き物たちの命の営みだ。ページをめくりながら泣けてきた。世界自然遺産登録に沸く地元で「不都合な真実」に向き合い、たった一人で告発してきた人がなぜ、権力の標的にされなければいけないのか。
8月15日の終戦の日。東京・靖国神社前に遺骨収集ボランティア、具志堅隆松の姿があった。沖縄戦の遺骨を含む土砂を辺野古新基地建設に使わせないため、戦没者遺族らに現状を知ってもらおうと沖縄から駆けつけた。
具志堅にとって遺骨収集は単に亡骸を回収する作業ではない。「土に埋もれ、骨となってはいても、あるひとりの人間を、いまの世の中に還す儀式」(豊田正義著『ガマ』)だ。どんな姿で何を所持し最期を迎えたのかが分かれば、戦没者のかけがえのない生を追体験できる。それは残された者に弔いの機会を与える「希望」にもつながる。
戦場に残るのは遺骨だけではない。国吉勇が60年余にわたって収集した沖縄戦の遺品は10万点超。被弾した水筒や火炎放射で焼かれた軍靴などに交じり、入れ歯や避妊具もある。これらを写真集として刊行したのが豊里友行著『沖縄戦の戦争遺品』だ。
印象深いのは、遺骨収集現場で遭遇したという、洞窟内の水中に沈む頭蓋骨の写真だ。このときシャッターを切りながら、「こちらを見つめる頭蓋骨の眼窩に歴史の残酷さを見て身震いした」という豊里は、窓を閉め切った国吉の戦争資料館で「戦争遺品の匂いが脳裏にこびり付く」体験をする。そして、沖縄そのものが丸ごと「戦争遺品」のようだと感じる。沖縄戦の実態だけでなく、遺骨や遺品を放置してきた国家、現在の沖縄に対する日本の態度が重なるのだ。
大事なことほど責任の所在はあいまいで、私たちは飽っぽく忘れやすい。しかし、置き去りにされた遺骨や廃棄物が眠る沖縄の地層は国家の黒歴史を雄弁に物語る。為政者や多数派にとって都合のよい「安全・安心」の欺瞞。これも記憶の地層に刻もう。
【本稿は2021年8月22日付毎日新聞掲載記事を転載しました】