中山市政の12年
3期務めた中山氏はどのような市長なのか。市庁舎をはじめ公共施設の建て替えを実現し、第3子からの給食費無料化、待機児童ゼロなどを達成。島内への観光客数は、コロナで減少する前は就任時の倍まで増え、観光収入は向上した。また、選挙チラシのコピーは「ピンチでも中山よしたか」。コロナ禍でPCR検査機器を導入して迅速に検査結果を出せるようにし、3回目のワクチン接種率は沖縄県内11市では一番高い。「日本一幸せあふれるまち石垣市」がキャッチフレーズである。
一方で自衛隊ミサイル部隊配備を容認。大手企業によるゴルフリゾートの建設を推進するなど企業優先と指摘される面があり、たびたび批判もされてきた。
2010年春の市長選で初当選した後、年度初めに行った施政方針演説の原稿が他県の市長の演説をほぼ丸写ししたものだったことが判明し、市議会が調査のための特別委員会(百条委)を設置する事態になった。陸上自衛隊配備をめぐっては、駐屯地建設が計画された予定地周辺の4地区(開南、於茂登、嵩田、川原)の住民から意見を聴いて判断する考えを示しながら、2016年末、面談もせずに配備に向けた手続きを容認。地域住民からは強い怒りの声が上がった。
2020年には同市が行政区域として管轄する尖閣諸島の字名を、従来の「登野城(とのしろ)」から、「尖閣」の2文字を付して「登野城尖閣」に変更。石垣島内にも同じ「登野城」の字があるので「行政手続きを効率化する」という理由だが、中国との関係を悪化させ、緊張を高めかねないとの指摘はこの時もあった。中山氏自身が月刊誌「Hanada」(20年9月号)のインタビュー記事で、中国側から市に抗議があったことを明らかにしている。
選挙戦で砥板氏の陣営は、市役所新庁舎建設にからむ赤瓦の県外からの調達や建設費の増額などの問題を挙げ、「市民不在、独善的」として中山市政の長期化を批判する。これに対して、中山氏の陣営は、中央から名の知られた政治家を呼び、「中央とのパイプ」をアビールする戦法をとる。選挙戦4日目の2月23日には、ワクチン担当大臣だった河野太郎氏が応援に駆けつけて市街地で演説。石垣市でのワクチン接種が迅速に進んでいるとして中山氏の手腕をたたえ、支持を訴えた。
同じ日に砥板氏も市街地で街頭演説をした。玉城デニー県政与党の県議らの応援演説に続き、砥板氏がマイクを握った。県外業者が市役所新庁舎建設の多くを担当しているとして、「一部の経済界、組織にしか耳を貸さず、市民不在、独善的な市政運営を続けていいのでしょうか」と強調。給食費無料化や医療、介護など市民生活に関する公約を訴えた。だが、ここでは自衛隊配備の問題には誰一人触れなかった。
有権者の思いは
石垣の一般の市民は、この選挙の争点をどのように考えていたのか。期日前投票で市役所を訪れた有権者にそれぞれの選択の理由を聞いてみた。
「今の市長になって行政が市民に優しくなくなったと思う。でも自衛隊は賛成」(女性30代)
「市が観光開発に力を入れ過ぎて地元の人が住みやすい島ではなくなったような。自衛隊配備も子どもを産んでからは怖いと思うようになった」(女性40代)
「石垣市はワクチン接種も素早い対応。自衛隊の問題は特に考えなかった」(男性40代)
「自衛隊の問題が大きい。住民投票を求める署名が無視されている」(男性70代)
「開発で自然環境が壊されるのは好ましくない。自衛隊は・・・ないのも困るし・・・」(男性50代)
「友だちに頼まれて。自衛隊は考えてない」(女性50代)
「市長は頑張っているイメージがある。自衛隊は必要」(男性30代)
「コロナ禍で新しい人に代わっても無理。今はコロナ対策をしっかりやってほしい」(男性70代)
「今の市長は長過ぎる。自衛隊配備に伴うゴタゴタはよくない。庁舎建設も疑問」(女性50代)
投票に当たって自衛隊配備問題を第一の理由に挙げた人は、聞いた限りでは一人だけだ。
沖縄タイムス社とJX通信社は、投開票日の1週間ほど前に合同で石垣市内の有権者を対象に世論調査を行った。それによると、投票に際して最も重視する政策には、「経済対策」を挙げた人が30%で最も多く、「自衛隊配備問題」は23%で2番手、「教育・福祉、子育て政策」が22%と続く。さらに自衛隊配備の是非については「賛成」が43%で、「反対」の34%、「どちらとも言えない」の24%を上回る結果となった。
選挙の争点である自衛隊配備をめぐる住民投票の実施については、「行うべき」が43%、「必要ない」が41%で、その差はわずかだ。「経済政策」を重視する人の大半が中山氏を支持し、「自衛隊配備問題」を重視する人の大半は砥板氏を支持するという結果だった。(沖縄タイムス2022年2月22日付)
この結果からも、自衛隊問題は市民にとって依然重要なテーマではあるものの、最重要ではなくなりつつあることが分かる。
また、沖縄の復帰50年を前に今年5月、琉球新報社と毎日新聞社が実施した世論調査によると、沖縄への自衛隊配備の強化について、沖縄県全体で「強化すべきだ」が55%で、「強化すべきでない」の16%を大きく上回った。(琉球新報22年5月10日付)
2月のロシアによるウクライナ侵攻の影響も考えられるが、10年前、復帰40年の際の調査では、中国に対して85%が「不安に思う」と答えながらも、不安を取り除く策については「外交努力」が65%を占め、「防衛力強化」の20%を大きく上回っていた。この10年で県民全体の意識にも変化がみられるようだ。
自衛隊配備計画に関する住民投票の実施を求める「石垣市住民投票を求める会」の代表、金城龍太郎さんに、自衛隊問題に寄せる市民の思いについて尋ねた。31歳。駐屯地の建設現場のすぐ近くで農業を営む。
「求める会」は2018年に島内の地域の代表が集い、結成された。金城さんの呼びかけで若い世代が結集し、有権者の3分の1を超える署名を集めた。だが、島の若者だれもが自衛隊の問題に強い関心を持っているわけではないという。自身を振り返ってこう語る。
「はじめ建設予定地は家から遠い、海沿いの地域と言われていて、そのころは気にもならなかった。予定地が自宅近くになり、身近な問題になったことで運動に入っていく『入口』が開いたという面はある。それまでは『関心のない若者』の典型でした」
住民投票のための署名集めでは、配備そのものへの賛成、反対には言及しなくてもよかった。「それも若い人が集まりやすかった理由」という。
今回の選挙で砥板氏を推した保守系団体「島づくり会」の平良雅樹会長は、石垣島の北部地区に住む。島の中心部から離れた地域は過疎化が進み、北部では在籍する児童がいなくなり、昨年、休校になった小学校も。12年続く現市政はそうした過疎化対策を何もしてこなかったという強い不信感がある。しかし、自衛隊配備には反対ではない。むしろ、若い隊員が来ることで島の活性化や経済効果への期待もある。
「戦争は絶対に起きない方がいいが、自衛隊がいて戦争に巻き込まれるのか、いなくて侵略されるのか、どちらの可能性が高いのかは何とも言えない」。そのうえで「保守と革新が砥板さん支持で歩み寄ったのは、とにかく今の市政を終わらせるため、というのが一番の理由。自衛隊問題は二の次三の次」と言い切る。
同じ候補を支える団体の間でも、自衛隊配備の是非に関しては考え方に開きがある。それぞれの団体と政策協定を結んだ砥板氏の政治姿勢は整合性がとれるのだろうか。
砥板氏を支えた市民団体「『チェンジ市政』石垣市民の会」共同代表、嶺井善(まさる)さんは、こう説明する。
「建設はすでに進んでいる。ここまで来たものを市長が代わったからといって工事を止めて撤去できるのか、という声は地域にもある。どんな人が市長になっても止められないよ」
たとえ住民投票が実施され、現在の配備計画への反対が多かったにしても、市長の力で工事を止めることは困難。ただ市長が代われば、建設に重大な法的瑕疵があった場合に工事停止を求めることも可能かも知れない。実際、地元の人には、工事が県条例に違反していると思われるようなことも目につくという。
ここまで来てしまった以上、配備そのものへの賛否を超えて住民の意思を明確に表明するために、砥板氏の公約である「住民投票の実施」で、保守・革新が結集する以外になかったということになる。