「穀雨南風」⑯ ~ 防衛大転換と民主主義、そして哲学

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“ラスボス”のお墨付き

去年8月21日の朝、読売新聞の一面を見て驚いた。

見出しには「長射程のミサイル1000発保有、反撃能力地上配備へ」と文字が踊っている。日本が長射程のミサイルを、しかも1000発も持つというのだ。さらに10月28日のやはり読売新聞の一面の見出しは「米巡航ミサイル購入打診 トマホーク 反撃能力を確保」。記事を読むと、トマホーク購入をめぐるアメリカとの交渉は「最終局面」に入っているとまで書かれている。

先を見越して可能性を探ることはあるにしても、交渉が本当に「最終局面」まで来ていたとしたら、議論も国民への説明もないまま具体的な交渉を進めていたことになる。しかも発行部数が最も多く、論調も政府に近い読売新聞に書かせて既成事実化を図っているのでは、と勘ぐってしまう。

この問題を私の担当する番組で問うたことある。

海上自衛隊のナンバー2である自衛艦隊司令官をつとめた香田洋二さんはこう答えた。「自分はこういうものは必要だと思っているほうです。でも、だからこそ防衛省は透明性をもって説明すべきなのに、(読売の記事対して)だんまりの半兵衛を決め込んでいる。説明しなければ既成事実を作るということになってしまう。なし崩し的に、防衛省自体がシビリアンコントロールの根幹である、国民による自衛隊の管理を崩している恐れさえ感じる」

反撃能力の保有を議論する与党のワーキンググループの座長である、小野寺五典元防衛大臣は「この報道を見て、え、と思いました。そこまで踏み込んでいるのは意外だった。防衛省に報道で出ている話はどうなんだと聞いたら、そんなことはありませんという答えだった」と語った。

ところが、今年に入って行われた日米首脳会談で、岸田総理は反撃能力の保有をバイデン大統領に説明するとともに、トマホークを導入することも伝えている。

読売新聞の報道は大筋で正しかった、と考えるのが普通だろう。この問題の自民党トップである小野寺元防衛大臣の耳に本当に入っていなかったのかどうかはわからない。しかし海上自衛隊の元ナンバー2が怒りを込めて語った懸念がリアルに感じられてしまう。

その日米首脳会談で印象的な映像があった。バイデン大統領が岸田総理の肩に手をかけて、ふたりで微笑んでいる。総理周辺は信頼関係の証と胸をはる場面なのかもしれないが、違和感を抱いた人も少なくないだろう。決定プロセスという文脈で見ると、防衛政策の大転換を政府与党で決め、国会の議論が始まる前に、“ラスボス”のお墨付きをもらっておく。そんな光景にも見えてしまうのだ。

2015年4月に当時の安倍晋三総理が訪米したときのことを思い出す。安倍総理は議会演説を行い、この中で安保法制の法案成立をこの夏までに必ず実現させると約束した。岸田総理のことの進め方を見ていると、このときの安倍総理の振る舞いとダブって見えてしまう。

外交・安全保障は政府の権限なのだから何が悪い、と言う自民党議員もいる。しかし反撃能力の保有という戦後の安保政策の大転換を、国民に全力で説明することもなく、国会での議論を戦わせることもなく、歓迎することがわかっているアメリカの支持を取り付けておく。順序が逆なのではないかという声が出ても当然だろう。

これまでも政府は国民への説明を避けてきた、逃げてきたと言ってもいい。

振り返ると、たとえば小泉純一郎総理は「自衛隊の行くところが非戦闘地域だ」と国会で答弁し、安倍総理は安保法制の議論の中で「アメリカの戦争に巻き込まれないのか心配する人もいる。でもそれは絶対にない」と国民に訴えた。

もちろん憲法9条の問題があるため、政治はそこに抵触しないよう最大限の注意を払わざるを得なかったのだろうが、その結果、現場の実態とはかけ離れた無機質な議論が繰り返された。小泉元総理の答弁もその代表的なものと言ってもいい。

しかも同盟には「見捨てられ」の恐怖と「巻きこまれ」の恐怖があると言われる。その意味からいえば、安倍元総理のように「アメリカの戦争に巻き込まれることは絶対にない」とは言えないはずだ。本来、そのリスクはあるけれど、それでも必要なんだと説明すべきところを、リスクはない、リスクはないと繰り返してきたのだ。

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