「百年の世界史」と沖縄をとりまく潮流

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1995年という転機

復帰後も基地の大幅な削減は進まなかった沖縄だが、1995年の少女暴行事件は県民の激しい憤りを引き起こし、日米安保体制を足元から揺るがすことになった。抗議の先頭に立ったのは、事件に先立って北京で開催された国連主催の世界女性会議に参加し、その大きなうねりに触発された県内の女性団体であった。

 女性に対する性暴力は政治上の大問題であり、もはや、安全保障の名の下で黙殺されるものではない。少女暴行事件をめぐる日米両政府の対応は、普天間基地の電撃的な返還合意から辺野古新基地の強引な建設へと変質、変転を重ねていくが、その端緒となった県民の憤りは、人権問題の主流化という21世紀世界の潮流を日本国内において、ひときわ鮮烈に示すものだった。

「力の論理」の脆弱性

アメリカはベネズエラのマドゥロ大統領を拘束し、ロシアはウクライナに侵攻した。そして中国は武力による台湾統一も辞さない姿勢を強める。昨今の情勢では、大国による「力の論理」がこれからの世界の主たる潮流になると見えるかもしれない。

 しかし、少し長い歴史的な観点で見れば、大国による強引な介入と力の行使は膨大なコストと抵抗を生み出し、結局はその大国自体を弱体化させることはほぼ間違いない。 

 眼前の状況に対処、適応することが「現実主義」(リアリズム)だと見なす風潮が強い昨今だが、その時々において主流の議論というものは、意外にコロリと変化するものである。

 「長い20世紀」は国民総動員の世界大戦と、その一方での植民地解放から国民国家形成の時代だった。そこでは個々人よりも、国家や民族といった単位が尊重された。それに対して、21世紀は「人権の世紀」とも言われる。トランプ政権の出現は、そのような流れに対する既得権益側の反発をエネルギーとしているが、中長期的にみれば、果たしてどこまで歴史の趨勢を押し戻すことができるだろうか。

 国内外のさまざまな潮流が、ひときわ色濃く投影される沖縄だが、公正さを求める沖縄の声と願いは、決して歴史の流れから外れたものではないことを、現在のような流動期だからこそ、改めて確認しておきたい。

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