行政機関などに直訴しても、一進一退、五退していると思えるほど、何が正しいのか分からない日もあった。ストレスで食事が取れず、眠れない日も多くなった。家事育児、仕事だってある。それでも皆限界ギリギリの精神状態で何とか踏ん張れたのは、全国47都道府県から賛同して下さり、署名を送っていただいた方々の存在だ。
17年内のわずか11日間で26372筆が集まった。
「人ごとではなく、私事として考えます」「沖縄に基地を押し付け続ける責任を痛感しています」「同じ子を持つ親として賛同します。負けないで下さい!」などと書かれた励ましの手紙は600通を超えた。贈り物もたくさんいただいた。
そして12月29日宜野湾市で行われた市民大会で、心痛でバラバラになりそうな気持ちを絞り出し声を上げたとき、多くの人に温かい励ましの言葉と理解の涙を流していただいた。その姿に救われ、励まされた。その方々の思いも背負って頑張ろうと、前に進む気持ちになれた。そして年が明け、走り出している。
誰にもこんな思いをさせたくない
私は宜野湾市出身。基地と隣り合わせで、近所に米軍人も住んでいた。小さい頃から、胴体がすぐ間近に見えるぐらい接近する米軍機を見て育ち、夜間の騒音も凄かった。でも普通に生活は出来ていた。不便で不愉快。基地はなくなってほしい。事故の怖さは気にはなるけど気にしない、ようにしていた。そんな感じであの日まで生活してきた。娘の空を脅威にしたあの日。安全なのが当たり前だった空は、私たちにはもう無い。
空は誰のもの? 空からは雨しか落ちてこないんじゃないの?
娘はタンポポが好きで、公園や道端で見つけては思い切り吹いて綿毛を飛ばす。
「冒険、頑張ってねー」
風に吹かれて空へ向かって飛ぶ綿毛に手を振る。あの空は娘の空。子どもたちの空。私たちの空だ。ただ、子どもたちの空を守りたいだけ。シンプルな当たり前のことなのに、どうして国と国の問題になるの? 空も土地も私たちのもの。日本やアメリカのものじゃない。
私たちは何も悪いことはしていない。当たり前の空を望んでいるだけ。
娘に一日も早く、「もう大丈夫だよ、空からは雨しか降ってこないよ」と断言してあげたい。
沖縄県外で暮らす人たちには、キレイなうわべだけの沖縄を切り取って見ないで、現実の部分を見て欲しい。きっと自分の身に降りかからないと人は理解が出来ないと思う。事実、私がそうだったから。でも、少しだけでもいい、自分に起きたことと置き換えて考えれば、自ずと私たちの行動を理解していただけると思う。そして誰にもこんな思いをさせたくない、毎日空を見ながらそう思う。