「閉塞感」という既視感 

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新基地「容認」で街並みを変えられるか

 

嘉陽さんは率直な思いを語ってくれたのだと思う。この言葉をそのまま受け止めれば、市民感覚で捉えた「閉塞感」とは、「街並みが代わり映えしない」ことといったイメージなのだろう。

ちなみに、嘉陽さんが「宜野湾市のほうは街がどんどん変わっているのを感じてきた」というのは、これは筆者の勝手な憶測だが、宜野湾市近隣の北中城村の米軍施設「泡瀬ゴルフ場」跡地に2015年4月にオープンした巨大ショッピングモール「イオンモール沖縄ライカム」を指すのではないか。あるいは、15年3月に返還された宜野湾市内のキャンプ瑞慶覧の跡地開発の工事を指しているのかもしれないが、これらはいずれも、米軍基地の返還によってもたらされた変化だ。

名護市の場合、「辺野古」に新基地が造られるのは止めようがないから、見返りの国の振興策で閉塞感を打破したい、ということなのだろうか。

政府はかつて、沖縄の米軍基地所在市町村や名護市周辺の北部自治体に限定した特別枠の振興策を創設し、集中投下した時期もあった。だが今はもう、米軍再編交付金の話ぐらいしか出てこない。これは「特別なアメ」でもなんでもなく、米軍再編に協力的な全国の関連自治体に一律支給される期間限定の交付金だ。

辺野古新基地が完成するまでは、名護市の協力を引き出すため政府は「特段の計らい」に努めるかもしれないが、これは「容認派」の市長が誕生したことで、せいぜいあと数年間に絞られそうだ。新基地が完成すれば、政府にとって利益誘導のための「アメ」を投下する意義は今よりも格段に薄れるだろう。

今秋には知事選がある。「辺野古」はどうせ造られてしまうのに、反対することに意味はあるのか、という問いにこう返したい。「辺野古」を容認して振興策を求めれば、沖縄県民の「魂の飢餓感」は解消できるのですかと。沖縄を覆うのは既視感のあるフェイクではなく、「特殊な環境下」で歴史的な理不尽がまかり通る「魂の飢餓感」だろう。

【本稿は211日付沖縄タイムス掲載記事を加筆修正しました】

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