コラム 穀雨南風 ②~深夜特急

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『ミッドナイト・エクスプレス』という映画をご存じだろうか。
たぶん私が観たのは、大学生の頃だったと思う。いやあ、驚いたというか、ものすごく怖かったのを覚えている。主人公であるアメリカ人男子大学生、ビリーが、トルコのイスタンブールでハシシ(大麻)を持っていたために逮捕され、4年の刑を言い渡される。持っていただけで、だ。
しかもそれでは終わらない。国の麻薬撲滅政策のあおりを受けて、刑はなんと30年にのびてしまう。さらに刑務所で何度も拷問にあい、看守にレイプされそうになる。あげくの果てにビリーはその看守を殺害して、命からがら逃げ出す。そんなストーリーだったと思うけど、ちょっとした出来心で、とんでもない悲劇に巻き込まれてしまう、異文化の恐ろしさを身に染みて感じたものだ。

わざわざこの映画の話を持ち出したのは、そこに地位協定の本質があるように思うからだ。
地位協定とは、他国に駐留させる兵士がビリーにならないようにするための仕組みと言ってもいい。もし自分がアメリカ軍の兵士だったとしたら、大麻を持っていただけで30年の刑をくらう国に駐留したくはない。もちろん大麻で30年というのは映画の中の話だけれど、少なくとも同じ犯罪を自分の国より重い刑罰で裁く国に行きたくはないと思うだろう。もし自国が守ってくれないならば。

沖縄の米軍基地に入ると、そのことがよくわかる。海兵隊の基地の内部を密着取材したことがあるのだけれど、そこは別世界、まさにアメリカそのものだった。道路も広くて芝生があり、店もレストランも、スーパーマーケットに置かれている商品もアメリカと同じ。テレビの番組やニュースも、映画館にいたってはアメリカで公開されたものをほぼ同じタイミングで上映する念の入れようだ。
なぜアメリカと見まがうような環境にしなくてはならないのか尋ねると、幹部は言った。「兵士たちがホームシックにかからないようにするためです」
実際、多くの海兵隊員は20歳前後で、初めて海外に出たのが沖縄というケースも少なくない。何人もの兵士が「寂しくて、毎晩のようにアメリカの家族と連絡をとっている」と臆面もなく言う。私が見たのは、あまりにひ弱な海兵隊員の姿だった。

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