かすむ本土の当事者意識~沖縄の全国キャラバンへの視点

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沖縄世論のマグマ

NHKが5年ごとに沖縄県民を対象に実施している意識調査によると、復帰5年後の77年の調査では、日本に復帰して「非常によかった」「まあよかった」が40%だったのに対し、「非常に不満である」「あまりよくなかった」は55%と上回っていた。これが82年以降は逆転し、92年には「非常によかった」「まあよかった」が81%に対し、「非常に不満である」「あまりよくなかった」が11%にとどまった。

江上氏は言う。

「私が琉球大学に就職した77年当時は反基地運動が活発でしたが、国の振興策でインフラ整備などが進むにつれ、学生たちの基地問題への関心も徐々に薄れていきました」

92年に首里城の正殿などが復元されると、革新系知事の大田知事もカチャーシーを踊って喜んだ。これを見て江上氏は「沖縄の人は基地と共存して本土と一緒にやっていくことを応諾している」と感じたという。だがそれは誤認だった。小学生女児が犠牲になった95年の事件を受け、沖縄の「怒りのマグマ」が噴出するのを目の当たりにし、江上氏は驚愕したという。

「沖縄の人たちの心の内には、基地はいやだ、平和な島に戻りたいという思いが抜け難く刻まれているのだと痛感しました。『怒れる沖縄』の声を聞かなければ、という認識が当時の全国世論や政府にもありました」

「革新系」の大田知事は、沖縄県内のすべての米軍基地を段階的に撤去する「基地返還アクションプログラム」を策定したり、米軍用地の継続使用に必要な代理署名を拒否して国と最高裁まで争ったりした。

「本土から来たわれわれにとって大田知事のメッセージは痛烈で、沖縄側の要求がどこに向かうのかわからない不安さえありました。その意味で、当時は本土の誰もが沖縄についての素人でした。本土にとって都合のいい沖縄しか見てこなかったわれわれ本土の人間は、沖縄の人たちが本気で怒っていることに動揺し、だからこそ、当時の政権も自民党も懸命に耳を傾けました」

こう話すのは91年から5年間、沖縄放送局で大田県政を取材した元NHK記者のジャーナリスト、立岩陽一郎氏(51)だ。

だがその後、普天間飛行場返還に伴う辺野古新基地建設が浮上し、計画が具体化していく過程で沖縄の「反対」の民意が鮮明になると、「国の政策に抗う沖縄」というイメージが定着。「辺野古反対」の民意を受けて誕生した翁長雄志前知事や玉城知事の主張を「偏った政策」と見る向きもある。立岩氏は言う。

「沖縄はこの20年間の選挙や県民投票を通じ、県内に新たな基地を造らずに普天間飛行場を返還してほしい、という民意を丁寧に固めてきました。今の沖縄県政は、米軍基地をすべて撤去しろとも、独立したいと言っているわけでもありません。沖縄内部の議論は成熟し、論点は『辺野古』にほぼ集約されています。沖縄だけにいつまで過重な基地負担を負わせるのか、と本土に問うているのです」

これに正面から向き合わないのは、大人のとるべき態度ではない、と立岩氏は嘆く。

「政府が聞く耳をもたないのは、沖縄県の主張が否定しようがないほどの正論になっているからで、議論しても勝てないという判断もあるのでしょう」

意識ギャップの拡大

玉城知事はインタビューでこう答えている。

「玉城は『左』だから基地反対だと、印象だけで語られることが多いが、私は今すぐ米軍基地を全部撤去しろとは言っていないし、日米安保も認めている。その意味で言えば『中道右派』ともいえる立場」(2019年8月20日付『中日新聞』)

沖縄の政治リーダーの訴えは、「穏健化」しているともいえるのだ。にもかかわらず、本土の関心や理解はむしろ後退している感も否めない。

大阪府の吉村知事の言動について立岩氏は「大阪都構想で支援を得るため、政権の顔色をうかがっているにすぎない」と解説する。

「政策をめぐる国との対立は、どの自治体にも起こり得ることです。沖縄では『辺野古』で表面化していますが、それは県民投票などで示された民意に沿う県の当然ともいえる判断が働いているからです。一方、吉村知事が掲げる大阪都構想は、住民投票で否決されても再提案を画策する、これこそ知事の政治的志向に依拠するものです。吉村知事が沖縄のキャラバンを『政治的』と批判するのはお門違いなだけでなく、自らの姿勢と整合が取れていません」

沖縄県民を対象にした2017年のNHK調査では「本土の人は、沖縄の人の気持ちを理解していると思いますか」との質問に、「十分理解している」「まあ理解している」は19%、「あまり理解していない」「まったく理解していない」は70%だった。

また、「ここ5年ほどの間に、沖縄を誹謗中傷する言動や行動が増えたと感じますか」との質問に、「感じる」「どちらかといえば感じる」が57%、「どちらかといえば感じない」「感じない」は27%だった。

沖縄の基地負担や被害の偏りは解消されず、沖縄と本土の意識のギャップは拡大している。この現実すら本土からはかすんで見えない。それでもなお、本土世論の変化に期待をつなぐ沖縄の人々に何と言えばいいのか。楽観は微塵もない。しかしあえて言うなら、答えは分断を強いる政治に向き合う私たちの意識の中にある。

【本稿は週刊アエラ2020年1月13日号を加筆の上、転載しました】

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