日常生活から見る沖縄の社会変容~外国人労働者編(上)

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沖縄ファミリーマートで広報を担当する宮里直樹課長によれば、最初にこのCMの企画案が出た時はネパール人店員を取り上げる想定ではなかったという。

「『身近で働きやすいファミマ』を県民にアピールするために、コンビニ店員をネタにしたショートコント仕立てのCMを制作する。これがCM企画の出発点で、最初の段階ではネパール人店員を登場させる予定はありませんでした。ただ、CM制作に先立って担当者がネタ探しのため県内各地のファミマを取材して回ったところ、今の沖縄のコンビニの日常では『ネパール人店員』の存在感が思いのほか大きい事がわかったんです。そこでCMの一部を「ネパール人店員」を主人公にしたバージョンで制作したのです」

今の沖縄の「コンビニの日常」を実情に則して描こうとしたら、「ネパール人店員」を登場させないのは最早不自然というわけだ。それほどネパールの若者たちは現代沖縄の生活風景の「自然な一部」と化している。

なぜ沖縄にネパール人?

それにしても、そもそもなぜヒマラヤ山脈の麓の国の人達が、突然、こんなにもたくさん沖縄で働くようになったのだろうか? 

まず押さえておかなければならない事は、私たちがコンビニなどで出会うネパールの若者の大半は日本語学校の学生によるアルバイトということだ。沖縄でネパール人が急増したのはネパールから沖縄の日本語学校に入学する人が近年激増したからに他ならない。

日本語学校の学生が激増したのは沖縄に留まらない全国的な現象で、その理由や仕組みは様々な取材・調査・研究で明らかになっている。そのメカニズムは複雑だが、単純化して説明すれば、大きな要因が二つある。

一つ目は「国の政策」だ。2008年、日本政府はグローバル化時代を生き抜くための日本の国家戦略として、2020年までに訪日留学生を2.5倍の30万人に増やす「留学生30万人計画」を打ち出した。そしてこの国家目標を達成するために日本留学をしやすくする様々な優遇措置を相次いで実施していった。この一連の留学生増加政策の恩恵を大きく受けたのが日本語学校業界だ。事前に日本語が話せなくても入学できる日本語学校は、裏を返せば「もっとも手軽に日本留学できる」学校なので、日本への留学生を増やす政策の恩恵を受けやすい。

二つ目は急速に深刻化した産業界の「人手不足」だ。2010年、政府は日本語学校などの留学生の就労可能時間をそれまでの週4時間から週28時間に大幅延長する措置を実施した[1]。留学をしやすくする緩和策の一つとして実施されたこの措置は深刻なアルバイト不足に悩むいくつかの業界にとっては一種の「恵の雨」となった。週28時間まで合法的に働けるのなら日本語学校留学生は人手不足企業にとって中核的な労働力になり得るからだ。しかも、少子化により減る一方の日本の学生と異なり、国が政策的に留学生を急増させようとしているのだから、アルバイト採用を増やすことは比較的容易だ。

ちなみに日本政府は長年「外国からの移民・出稼ぎ労働者を受け入れない」ことを国是としてきたため、どんなに人出不足でも日本企業が外国から「労働者」を招聘する事は制度上できない。しかし、「就労」ではなく「留学」目的でビザを申請し、入国後、日本語学校に籍を置きながら働く形にすれば、この制約を迂回できる。つまり、政府の留学生増加政策は、政策を作った人にとっては「教育政策」なのだが、アルバイト不足に悩む業界にとっては、公式には認められていない「外国人アルバイトの招聘」を政府が実質的に後押ししてくれる「産業支援策」として機能したわけだ[2]。

 「留学生増加政策」と「人出不足」の二つの要因が重なる事でこの10年間に起きたのが一種の「日本語学校ブーム」だ。国の政策で学生勧誘がしやすくなった日本語学校業界では、多くの学校が日本より給与水準が低いアジアの国々に出向き、現地ブローカーの助けを借りながら大々的な学生勧誘活動に乗り出した。勧誘活動が活発に行われた代表的な国がベトナムとネパールだ。「自国では考えられないような高賃金のアルバイトも合法的にできる」という新しいセールスポイントが生まれた事も追い風となり、両国では日本語学校への入学者が激増。その大多数が、来日後は学業の傍ら工場や店舗にアルバイトとして入って人出不足の穴を埋めたため、日本語学校の学生アルバイトはこの10年間引く手あまたの状態となる。

こうした状況を受けて、日本語学校業界による留学生の勧誘活動もさらに活性化した。「儲かる」と見た他業種の業者による新規参入も相次ぎ、日本語学校の学校数と学生数は雪だるまのように増え続け今日に至っている。その中には、教育環境が劣悪で、学費の取り立てとアルバイトの斡旋ばかりに熱心な、教育機関としての資質を疑わせる学校もあると報じられている。

法務省と日本学生支援機構の最新のデータでは、日本国内にある日本語学校の数は2011年の453校が2019年は775校に、学生数は2011年の2万5000人超が2018年には9万人超まで増えた。日本語学校留学は、「技能実習生」や「日系人」と並んで外国からの実質的な「労働力輸入」の三大ルートの一つとなったのだ。

沖縄で突然たくさんのネパール人学生アルバイトを見かけるようになったのはこの「日本語学校ブーム」が沖縄に波及した結果だ。在留外国人統計(法務省)によると、沖縄県内に住む留学生は21世紀に入ってから最初の10年間は毎年1000人前後で安定していて、そのおよそ3分の2が中国からの留学生だった。ところが、「人出不足」が沖縄でも深刻な問題として注目され始めた2010年代に入ると大きな変化が生じる。中国からの留学生が急激に減少する一方、その減少幅をはるかに上回る増加率でネパールからの留学生が激増していったのだ。

在留外国人統計に記載された在沖ネパール人人口のこの10年間の変化を見ると、2008年に60人だったものが2018年では2100人余りと35倍以上増加した。一方、沖縄労働局による別の統計(「外国人雇用状況」届け出状況)によれば2018年10月末時点でのネパール人留学生アルバイトは1800人弱。増加したネパール人の大半が留学生アルバイトであることがわかる。

ちなみに現在沖縄で働く留学生アルバイトの総数は2400人なので、全体の約75%がネパール人だ。留学生アルバイトの4人に3人がネパール人というのは、他府県と比べても突出してネパール人への集中度が高い。東京や大阪などの大都市圏における日本語学校などの留学生アルバイトはネパールだけでなく他のアジア諸国、特にベトナムの学生が多い事で知られるが、沖縄の場合、日本語学校などに留学してアルバイトをしているベトナム人の人数は200人余りとネパール人のおよそ10分の1にすぎない。逆に沖縄に1400人余りいる「技能実習生」の大半がベトナム人とインドネシア人で、ネパール人はほとんどいない。日本語学校の学生はネパール人、技能実習生はベトナム・インドネシア人と一種の「住み分け」が生じていることが、沖縄に住む「外国人労働者」の一つの特徴を成している。

沖縄で日本語学校などへの留学生がネパール人に偏っている理由についてはまだ取材が十分ではないので詳細を語る事は差し控える。ただ、日本語学校関係者から聞いた話を総合すると、他府県の日本語学校のようにベトナムなどからの留学生受け入れを模索した学校もあったが多くの場合うまくゆかなかったようだ。その一方、ネパールに関しては、一つの日本語学校がネパールからの留学生受け入れの先鞭をつけ、他の日本語学校がそれに追随する形で受け入れが急拡大していったようだ。

 こうして、「コンビニや居酒屋の外国人アルバイトといえばネパール人」というイメージが沖縄で定着することになった。

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