沖縄の「戦場化」と国民保護法

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「避難に焦点を当てる」

それでは、沖縄はいかに位置づけられているであろうか。実は上述した2005年の「基本指針」において「避難措置の指示」に関わって、特に沖縄に言及されているのである。つまり、沖縄本島や本土から遠距離にある「離島における避難」のための適切な実施体制の構築や、沖縄の地理的条件からくる「県外避難」の措置など、「国が特段の配慮をすることが必要である」と明記されている。その沖縄県では2006年に県としての国民保護計画が策定され、数度にわたる訓練も実施されてきた。例えば2014年の図上訓練では「爆発物を保有したテログループによる立てこもり事案の発生」が想定され、19年の実働訓練では新都心での「化学剤散布テロの敢行」が想定された。しかし、外部からの武力攻撃などを想定した訓練は行われていない。

 それでは、尖閣諸島を行政下におく石垣市の場合はどうであろうか。同市では2013年に国民保護計画が作成されたが、これまで訓練は一度も実施されていない。また同計画では、「着上陸侵攻に伴う避難」については、「国の総合的な方針に基づき避難を行うことを基本」とするとしながら、「平素からかかる避難を想定した具体的な対応については、定めることはしない」と明記され、島外や県外への避難体制の整備には全く手が付けられていない。どうやら石垣市当局は、中国の脅威が差し迫っているとは認識していないかのようである。

 こうした事態に強い警鐘を鳴らすのが、危機管理学が専門の中林啓修である。彼は「先島諸島をめぐる武力攻撃事態と国民保護法制の現代的課題」と題する2018年の論考(『国際安全保障』46巻1号)で、「有人離島への着上陸侵攻に備えた対応」を検討する必要性が高いにもかかわらず、先島諸島では「国民保護に関する準備は全般に低潮だと言わざるを得ない」と指摘する。その上で、国民保護法の中心的課題である「避難に焦点を当てる」ことで、問題のありかを抉り出していく。

 中林はまず避難に要する人数として、居住民の他に、コロナ禍以前の数字であるが観光ピーク時の滞在観光客数を加えて試算した結果として、八重山地域で約7万5千人、宮古地域で約6万1千人という数字を挙げる。問題は避難を担う輸送力であるが、自衛隊や海上保安庁はもっぱら「侵害排除」にあたることからして、具体的には交通運輸業者に依頼するしかないと言う。こうした前提でシミュレーションした結果、両地域からの島外・県外への避難を完了させるには、約2、3週間の日数を必要とし、さらに航空運輸業者は武力攻撃事態等が認定された地域では輸送に従事しない可能性が高く、その場合は、右の避難完了日数は、2、3週間の数倍の日数を要することになる、と指摘される。

中林によれば、こうした事態を避けるために検討されるべきは、武力攻撃や予測事態の宣言を待たずに行う「事前避難」の可能性である。問題は、国民保護法では武力攻撃事態等の認定は、内閣官房に設置される事態対処専門委員会や国家安全保障会議での協議を経て閣議決定によって行われるのであるが、この事態認定プロセスに従えば、避難に要する時間を確保する余裕が保証されないであろう、ということである。さらに、そもそも保護法では「事前避難」については何ら制度化されていないのである。

「軍民分離の原則」

 とすれば現実には、島外にも県外へも避難できず島内に乗り残される人たちが多数生まれることが予想される。こうした事態を想定する場合、中林が強調するのが、国際人道法における「軍民分離の原則」、つまり文民と軍隊を分離し適切に文民保護を行うという原則である。この原則の重要性は、日本が経験した悲惨な戦争の歴史からも明らかである。

 例えば、自衛隊の研究本部総合研究部に属する横尾和久は、太平洋戦争史において日本人住民を抱えたまま離島防衛作戦が初めて行われたマリアナ戦史を分析対象に据える。(「マリアナ戦史に見る離島住民の安全確保についての考察」『陸戦研究』2015年12月号)横尾によれば、戦争末期の1944年段階でマリアナ諸島には約5万5千人の日本人(7割近くが沖縄県人)が居住しており、そのうち疎開対象の老幼婦女子は約3万9千人であったが、米軍の攻撃で疎開が事実上不可能となった同年6月までに疎開に成功したのは約1万4千人に過ぎなかった。

 こうして、サイパン、テニアン、グアム島では残された約3万6千人が、「日本近代史上初の、地上戦下の島内避難」を余儀なくされた。しかし、守備隊と残留邦人とが混在した結果、残留邦人のおよそ4割から5割の人々が戦闘の巻き添えで犠牲となった。言うまでもなく沖縄戦ではさらに悲惨な事態を招いた訳であるが、こうした歴史を踏まえて横尾は、「軍と民の混在防止」「部隊と住民の分離の徹底」を強調する。

 これらの研究を踏まえて中林は、先島諸島において「事前避難」が不可能となり膨大な島民や観光客が取り残される事態を想定して何よりも「軍民分離の原則」を掲げるのであるが、この原則を貫くために、非武装地帯や無防備地帯の設定、あるいは非戦闘員の安全な通行を保証する「安導券の交付」を相手国に求めるなど、国際法上の措置を急ぎ検討することの必要性を指摘する。

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