沖縄の「戦場化」と国民保護法

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 抑止力と国民保護

 もちろんこうした議論に対しては、抑止力を高めることこそが国民を保護する最も確実な手段である、との主張もなされるであろう。しかし、そもそも2004年の国民保護法は、前年の武力攻撃事態対処法などの有事関連三法や同04年に10年ぶりに改定された防衛計画の大綱などと、いわば併せた形で制定された。つまり、大量破壊兵器の拡散や国際的テロリズムなどの新たな脅威や多様な事態に対して抑止力を向上させていく、そういう枠組みのなかに国民保護法が位置づけられていた。だからこそ、「国家総動員法」という批判が加えられたのである。

 いずれにせよ、抑止力論にたって、仮に防衛費をGDPの2%、つまり現在の2倍に増額しても、周辺諸国はそれを上回る勢いで軍事力を拡張するであろうから、ありうべき攻撃を想定して国民を保護するという課題は、その重要性を増すばかりであろう。例えば、先に紹介した防衛大学先端学術機構による国民保護に関する2018年の研究レポートでは、「考えられないことを考える」として、「核攻撃に関する評価・被害想定」がシミュレイトされている。ここでは北朝鮮による核攻撃が念頭におかれているが、その分析結果によれば、首都圏6カ所(米軍基地4カ所とJR東京駅・国会議事堂)が同時に核攻撃を受ける可能性はきわめて低いとはいえ、1発でも着弾した場合には「爆心地付近の影響はきわめて甚大で想像を絶するものであるが、・・・首都圏全体が『終わり』という状況ではない」「壊滅圏であっても、堅牢な地下施設等に迅速に避難することで生存確率が上がる」ということである。ただ、このシミュレーションでは「放射性降下物の影響を捨象している」ということなので、実際のところは「終わり」に近いと言えるであろう。

 仮に、米国が構想する第一列島戦への中距離ミサイルの配備による「精密攻撃ネットワーク」の構築を中国側が核搭載ミサイルと認識すれば、琉球列島への核攻撃の可能性も排除できない。その場合には、右のシミュレーションは現実味を帯びざるを得ない。すでに1950年代に、台湾海峡危機から米中戦争が勃発する際には「ほぼ確実に台湾、場合によっては沖縄への核報復攻撃が行われるだろう」と米軍当局が予測していたことが明らかになっている。(『沖縄タイムス』5月31日付)

こうした歴史を踏まえるならば、ミサイルを配備する側は、それが現地の人々に壊滅的な結果を及ぼすであろう事態に責任を負わねばならない。仮に、核兵器や弾道ミサイルの配備が抑止力を向上させるとの論理に立つのであれば、少なくとも原理的には、同じ論理を北朝鮮が採用することを拒否できないであろう。

「最大限の外交努力」

 それでは、こうした「最悪シナリオ」を避ける道はないのであろうか。実は2008年に総務省の国民保護運用室がまとめた「国民保護のしくみ」では、武力攻撃やこれに伴う住民の避難という課題を挙げたうえで、「こうした事態を招かないように、最大限の外交努力を行うことは、当然の前提」と明記されている。つまり、なすべき「国民保護」の大前提として、「最大限の外交努力」が掲げられているのである。それでは、「日本有事」を想定した場合、「最大限の外交努力」はどこに向けられるべきであろうか。言うまでもなく、それは中国の脅威が切迫していると見られる尖閣問題であろう。

 尖閣問題については、この間も新たな資料が発掘されている。例えば5月3日付けの「共同通信」によれば、1978年4月に多数の中国漁船が尖閣諸島周辺の領海に侵入して退去を拒み日中間で緊張が高まった際に、当時の福田赳夫首相はマンスフィールド駐日米大使との会談で、米国が尖閣諸島の主権判断で中立の立場を維持してきた問題について、日本の領有権に「理解」を示すように期待を表明した。さらに日本側はワシントンで、「日米安保条約への疑念を引き起こす」として米国側の「見解修正」を求めたが、米国務省は「米国の長期的な必要性を考慮した立場であり、状況は変っていない」として要請を拒否したという。

 実は福田は沖縄返還の当時は外務大臣であったが、1972年3月、返還協定が議論された国会において野党議員が、「尖閣列島の領有権についてアメリカは発言の権限がないんだ」と言って手を引きながら、久場島や大正島の射爆撃の訓練場は維持するという態度をとっているとして「日本政府は厳重なる抗議をしなさい」と追及したのに対し、「全くそのとおりに思います」「アメリカ政府のそういう態度が非常に不満です」「厳重にアメリカ政府に対して抗議をするという態度をとろうと思っております」と明言した。しかし結局のところ米国務省は、「主権について問題が生じた場合には当事者間で解決されるべきであるという米国の態度に変更はない」と、日本側の主張を退けたのである。(拙著『尖閣問題とは何か』岩波現代文庫、285-288頁)

米国の「中立」の立場

これがいわゆる、「領土問題には中立」という米国の原則的な立場の表明と言えるのであるが、しかし、南シナ海など他の領域の領土問題と尖閣問題は決定的に異なっている。なぜなら、キッシンジャーでさえ、講和条約の発効によって尖閣諸島は「自動的に沖縄に含まれた」と明言しており、だからこそ沖縄占領時以来の射爆場の権利を今に至るまで維持しているのである。この米国が、尖閣諸島の主権は「どこの国に属するのか分からない」という無責任極まりない立場をとっているのであり、実は中国はそこを徹底的に突いてきているのである。

 米国はバイデン政権になっても、尖閣諸島は日本の施政権の下にあるから安保条約5条の適用対象との立場を表明しているが、この理屈は裏を返せば、仮に中国の施政権下におかれるならば5条対象から外れることを意味しており、中国の狙いはここに据えられていると言えよう。この問題にかかわって、元海上保安庁警備救難監の向田昌幸は、米国が尖閣の領有権に関して「中立・不関与」の立場をとってきたことが「中国の領有権の主張と対日攻勢の原動力になっている。尖閣の領有権は日本にあると米国にはっきり態度表明をしてもらうよう、政府はもっと働きかけてほしい」「海保は組織をあげて可能な限りの対応をしているが、現場任せでは限界がある。政治・外交面で積極的に有効な対策を講じてほしい」と訴えている。(『日経新聞』2021年3月18日)

 これが、中国の脅威に対峙して最前線で戦ってきた当事者の偽らざる主張である。この主張を踏まえて日本は米国に対し直ちに「厳重に抗議」するべきである。仮に政府が「抗議」の意思もなく働きかけもできないというのであれば、それは事実上、尖閣問題は「領土問題である」との米国の立場を認めたことになる。唯一無二の同盟国の立場がこうであるならば、日本も「領土問題」の存在を認め、中国や台湾など関係諸国との間で問題解決に向けた協議を急ぎ開始すべきである。そしてそこでは、何よりも危機管理の体制作りが最重要課題に設定されねばならない。これこそが、向田が求める「政治・外交面で積極的に有効な対策」であろうし、武力攻撃や住民避難といった事態を招かないためになされるべき「最大限の外交努力」であろう。

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