『戦後沖縄の政治と社会』―復帰50年を考える視座として

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第3章 日本復帰後沖縄の「豊かさ」をとらえる視座(秋山道宏・社会学)

本章は、「豊かさ」と開発という二つのキーワードから、日本復帰が沖縄社会にもたらした転換について検討したものである。復帰後しばらくの間は、復帰への否定的な評価が多かったが、1980年代に入り経済的な面で「豊かさ」が浸透するにつれ、肯定的な評価へと逆転した(NHK調査)。

本章は、この社会変容の意味を、二つのアプローチから読み解いている。第一のアプローチは、社会経済的な変化に着目したものである。復帰後、経済界で高い地位を獲得した建設業界は、道路整備を中心とした公共事業を進め、ハード面での「豊かさ」(利便性)の享受を可能なものとした。この変化は、建設業にとどまらず、観光業や流通業への波及を通じ、働き方や生活の感覚をもつくり変えた。

ただ、この指摘自体は、目新しいものではない。本章の読みどころであり、かつ積極的な議論を求めたいのは、「豊かさ」の認識を理解するためにとった第二のアプローチである。章の後半では、当時刊行されていた保守系総合雑誌と地域メディアに着目し、「豊かさ」についてどのような認識が現れたのかを検討している。

この検証が問いかけるのは、「豊かさ」への認識が、利便性の享受にとどまらず、脱政治化しつつ「生活」と「豊かさ」を結びつける傾向や、経済活動を超えて「自己」を開発することに帰結したのではないか、という点である。特に後者としては、観光で求められる県民像を演じること(「自己」演出)や、「自己」開発のために「学力」が重視されたことにも触れた。まだ仮説の域を出ないが、近代化の徹底や私生活主義的な側面が、日本本土と関わりつつ、沖縄社会をどう変えたのかを考えるための素材となるだろう。

第4章 沖縄県による自治体外交と中台問題(小松寛・国際政治学)

本章は、沖縄県のアジアにおける自治体外交を扱った。自治体外交とは地方自治体による国際活動を指す。一般的には友好(姉妹)都市の提携や文化交流などが知られており、近年では海外からの企業や観光客の誘致が活発である。自治体外交は国家による外交とも、民間企業の経済活動やNGOの国際協力とも異なり、地方自治体(地方政府)という国家に準じる公的組織による国際活動という点に特徴がある。

沖縄県もまた、歴史的に関係の深い中国及び台湾との交流を進めることで、政治的経済的メリットを得ようとしていた。しかし、常にその障害となっていたのが中台問題であった。97年の沖縄県と中国福建省の友好県省締結に際して、中国側より沖縄県知事と副知事の台湾訪問が禁じられたことはその象徴と言えよう。

このような沖縄県の自治体外交の変遷を追いながら、その可能性と限界を考察するため、本章は屋良朝苗県政の沖縄県中国訪問団、西銘順治県政の沖縄県台湾事務所の設置、大田昌秀県政の中国福建省との友好県省提携に着目した。

沖縄と中国および台湾との関係に関する実証的な研究は、「中国が沖縄を狙っている」という過剰な中国脅威論とも、「アジアとの交流がそのまま平和の実現へ繋がる」という楽観的展望にも与することはなく、今日の東アジアと沖縄の在り方について現実的かつ地に足の着いた議論に資すことができよう。

第5章 沖縄県庁の幹部人事(川手摂・行政学)

本章では、1972年の屋良朝苗県政から2014年の翁長雄志県政の入口に至るまでの沖縄県庁の幹部(副知事・出納長・部長級職員)の人事を分析している。大きくは人事を知事の交代期における「移行期人事」と任期中の「平常期人事」に分け、県政ごとに、前者については全般にわたり詳細に、後者については興味深い傾向を抽出的に論じた。

本章の分析を貫く視点は、《「保革の論理」と「行政の論理」の交錯》である。詳細はお読みいただきたいが、大まかに言えば、知事の保革が交代した際の移行期人事はいずれも、一般職である部長級も含めた大規模な更迭人事となった(「保革の論理」の展開)。一方で、そのような更迭人事においても、部長級への外部からの任用は時を経るごとに減少しており、県庁という組織の中で、「部長」が内部から職員が順次昇進して到達するポストとして定着していったことがうかがえる(「行政の論理」の展開)。

ちなみに、経歴的には保守政治家でありながら、普天間基地移設問題を主争点とする選挙で革新の支持を受けて当選した翁長雄志の移行期人事では、前保守県政のほとんどすべての部長級職員が留任した一方、移設問題に直接に関わる知事公室長と土木建築部長は更迭された。筆者はそれを「普天間の論理」(と「行政の論理」の交錯)による人事と性格づけたが、これには異なる捉え方があるかもしれない。読者諸賢のご批判を待ちたい。

なお、本章のいわば姉妹編として、「復帰」前、琉球政府27年間の幹部人事を扱った論文「琉球政府の特別職公務員―その任用と「政治性」の検証」がある。ご興味の向きはこちらもぜひお読みいただきたい(こちらからPDFを閲覧・ダウンロード可能です)。

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