ウクライナと「破滅への道」

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「使える核」という問題

さらに論ずべき問題がある。それは、プーチンがウクライナで使用するのではと懸念されている「小型・低出力核」という「威力を抑えた使える核」の問題である。威力を抑えたとはいえ、広島・長崎の原爆と同程度かそれ以下とされ、甚大な被害が予想される。米国はさらなる小型化を目指しているとされるが問題は、こうした小型核が「通常兵器の延長」として使用することが想定されていることである。

このように、核兵器が超小型化に近づくほどに提起される根本的な問題は、それでは生物・化学兵器と何が違うのか、という問題である。実は2001年秋に米国で、国家機関やメディアなど20数カ所に白い粉を封入した手紙が送りつけられるという炭疽菌テロ事件が発生した。ある議員に送られた封筒には、10万人を殺害できるような「驚くべき高純度」に精製された菌が封入されていた、と報じられた。当時のブッシュ政権は事件をアルカイダやイラクと結びつける発言を繰り返したが、捜査によって「米陸軍感染医学研究所」が保管していた株と遺伝子が一致していることが明らかになった。しかし、この米国史上初の生物兵器テロ事件は真相が解明されないままに迷宮入りとなった。(拙著『集団的自衛権とは何か』

2007年、岩波新書、六章二節)さらに、言うまでもなく日本では、6千人以上の死傷者がでた地下鉄サリン事件が起こった。

もちろん、核による放射能汚染と同列に論じることはできないであろう。しかし、これらの事件が象徴するように、生物・化学兵器のもつ破壊力は想像を越えるものがある。だからこそ、その使用は「人類の良心に反する」との理由で、両兵器について全面的な禁止条約が締結された。とすれば皮肉なことに、「使える核」として核の超小型化が進められる事態は、「貧者の核兵器」としての生物・化学兵器と同様に、今や「富者の核兵器」も禁止されるべきとの論理に、きわめて説得的な根拠を与えることになろう。

「敵基地攻撃」という選択

自民党は4月下旬、弾道ミサイル攻撃を含む日本への武力攻撃に対する「敵基地攻撃能力」(反撃能力)を保有すべし、との「提言」をまとめた。この場合、攻撃の対象範囲は相手国のミサイル基地に限定されず、指揮統制機能(中枢)も含むとされる。つまり、こうした能力を日本も保持することによって敵の攻撃を抑止する、という構想である。具体的には、「相手側に明確に攻撃の意図があって、既に着手している状況」において攻撃を加えるということであるから、例えていえば、ウクライナ国境地帯にロシア軍が大量に集結し攻撃に踏み切ろうとした段階で、ウクライナがモスクワに攻撃を加える、というイメージであろうか。

 いずれにせよこの敵基地攻撃論は、余りにも組み立てが粗雑と言う以外にない。なぜなら、議論の展開が2020年6月のイージス・アショアの破綻から始まっているからである。この破綻は、関係者において性能への根本的な疑問が広く認識されていたにもかかわらず、トランプによる米国製兵器の購入拡大を求められた安倍首相が現場の声を無視して政治主導で購入を決めた、無責任外交の当然の結果であった。ところが、この破綻を受けて20年9月に安倍氏が打ち出したのが、ミサイルを阻止するための「新たな方向性」としての敵基地攻撃論であった。

従って今回の「提言」はイージス・アショアの破綻を受けて、「ミサイル技術の急速な変化・進化により迎撃は困難となってきており、迎撃のみではわが国を防衛しきれない恐れがある」との認識を披瀝する。つまりは、「迎撃能力」の”脆弱性“を認めた上で敵基地攻撃能力の必要性を論じているのである。とすれば、全ての敵基地や中枢を一挙に破壊することができず反撃を受けることがあれば、「迎撃困難」である以上、日本は甚大な被害を受けざるを得ないであろう。

それにしても、相手側が極超音速ミサイルなどを実戦配備している状況において、それを越える「極極」超音速ミサイルを開発し、一般市民に被害を及ぼすことなく中枢部だけを正確に攻撃できる能力を獲得し、相手側の無数のミサイル・サイトの位置を特定する情報収集体制を整えるのに、一体どれだけの期間を必要とするのであろうか。防御兵器のイージス・アショアでも実際の運用には少なくとも5年を要するとされたが、反撃を許さぬ敵基地攻撃能力を整えるためには、途方もない年月と巨費を費やさねばならないであろう。

とすると、日本がこの能力を獲得できるまでの長期間、相手側は何をしているのであろうか。「迎撃は困難」「わが国を防衛しきれない」と政権党が内外に公言しているときに、なぜ相手側は攻撃してこないのであろうか。なぜ、この絶好の機会を活かそうとしないのであろうか。そもそも相手側に攻撃する意図がないのであろうか。このように問い詰めていくと、今日の軍事論の深刻な陥穽が明らかとなってくる。

 ウクライナ危機を受けて、東アジア情勢をめぐり軍事アナリストなどの「専門家」が連日のようにメディアで議論を展開しているが、その大半が「兵器論」に終始していると言わざるを得ない。従って、仮に防衛費がGDP2%に増額されても、約5兆円の大半は高額な米製兵器の「爆買い」に費やされることになる。今日議論されるべきは、そもそも日本周辺の専制国家が何を目的に、いかなる意図をもって日本を攻撃するのか、この核心の問題である。

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