問題は日米地位協定なのか?【その3】「NATO並み」

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米兵の人権を守るために

 

米国が、他国に駐留する米軍の取り扱いを定めた地位協定の規定の中でも、とりわけ刑事裁判権にこだわってきたのは、外国で罪を犯して捕らえられた米兵・軍属がその国の裁判所で裁かれる場合に、人権が守られない可能性について、米国世論が過敏に反応するからだ。

1957年に、群馬県相馬村の米軍演習場で、空の薬莢を拾いに来ていた日本人女性を、ウィリアム・ジラードという米兵がわざわざおびき寄せて射殺した、いわゆる「ジラード事件」が起きた。

残虐な殺人行為に怒りを沸騰させた日本世論に直面して、米国のドワイト・アイゼンハワー政権は日本の裁判所での裁判を認めたが、それに対して、今度は米国内で、ジラードの裁判を米国で行うよう求める運動が沸き上がる。

運動の主張の大半は、事実の誤解にもとづいていた。だが同時に、陪審制のない日本の司法制度では被告人の権利が守られないことを、日本の裁判所での裁判に反対する理由とする意見も多かった。

結局、アイゼンハワー政権は国内世論に配慮して、日本の裁判所でジラードを裁く代わりに、可能な限り刑が軽くなる容疑で起訴する、という密約を岸信介内閣と交わし、執行猶予付き判決後、ただちにジラードを米国に帰国させた。

1995年に、在沖米兵3人が小学生の少女をレイプした事件でも、沖縄の裁判所での裁判に反対する米兵家族が来日し、「(全員が黒人の米兵に対する)人種差別によるでっち上げ」「沖縄だと陪審員が不当な判断をする」と主張する(当時の日本は裁判員裁判の導入前)。

このときは、米国のビル・クリントン政権が、米兵たちを「アニマル」と呼び、日本政府に対してただちに謝罪するほど、事態を重く見ていたため、那覇地裁で裁判が行われ、米兵3人は実刑判決を受けて日本で服役した。

 

米国政府の本音は…

 

20151月に米国務省が発表した「地位協定に関する報告書」は、なぜ、米国政府が地位協定の中で刑事裁判権に最も高い優先度を与えるのか、本音に近い理由を説明している。米兵・軍属が、外国で「不公正」な司法制度によって裁かれた場合、米国政府が国民の支持を得て海外に軍を展開できなくなりかねない、というのだ。

米国は建国から第二次世界大戦まで、戦時をのぞいて同盟国を持たない「孤立主義」の国だった。ソ連との冷戦を戦うために世界中に同盟国を求め、海外基地ネットワークを張りめぐらせるようになっても、孤立主義の考え方は国民の間で根強く支持されてきた。

米国政府にとって、同盟国との地位協定で死守している刑事裁判権は、国内世論の孤立主義を刺激しないための安全弁なのである。

 

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