「死者への罪悪感」
『陸軍中野学校と沖縄戦』(吉川弘文館)で川満彰は、絶対的な権力に組み込まれた多様な「個」の内面にフォーカスしている。
陸軍中野学校出身者42人はゲリラ戦を展開する使命を負い、沖縄各地に潜伏していた。軍の権威を笠に着て住民への横暴を極める者もいれば、不合理な軍命も鵜呑みにして落命する者もいる。注目したいのは「戦意を鼓舞し指揮を執って戦う意思の少ない者もいたと考えられる」ことだ。
与那国島に潜伏した宮島敏朗は「この戦争は負ける」と確信し、「生還することが本意であるので、遊撃戦を行う意図は全くなかった」という。
宮島は台湾参謀部から遊撃戦のために支給された物資を、食糧難とマラリアに困窮していた島民に配分した。だが、島民に対する宮島の融和的な態度は、安易に「美談」と捉えるべきではない。住民の反感をかわずに敗戦まで無難に過ごすための、したたかな生き残り戦術だった可能性も否めないからだ。
多くの個人にとって切実なのは、国家の命運よりも自らの命である。戦場という極限の環境下で、とりわけそれは顕著に浮かぶ。
『戦争とこころ』(沖縄戦・精神保健研究会編、沖縄タイムス社)は、沖縄戦の修羅場をくぐり抜けた生還者の内面に宿る、「死者への罪悪感」をあぶり出す。
10代で沖縄戦の死線をさまよい、死体を踏んだ経験のある女性が、43年後、原因不明の足裏の痛みに悩まされる。2012年に医師から「戦争体験が意識下にあって、時間に余裕ができたら、それがよみがえり『痛みや不眠症』として現れてくる」と告げられ、少しずつ痛みが和らいでいるという女性はこう吐露する。
「原因不明の私の病気は天罰だとばかり思ってきたので、原因が戦争にあることを知りホッとしました」