玉城氏への幅広い支持
とはいえ、玉城陣営も、こうした若い世代の声に対し、手をこまねいたわけではない。玉城陣営は、辺野古移設反対を掲げるだけでなく、「誰一人として取り残さない社会」を掲げ、子育て支援の充実など若者に届くような政策を掲げた。
前述のNHKの出口調査によれば、投票で重視したものは、普天間移設問題が34%、地域振興が31%に加え、教育・子育てが21%、医療・福祉が14%であった。そして玉城氏は、普天間移設問題だけでなく、医療・福祉、教育・子育てといった分野を重視する人々からも半数以上の支持を得て、佐喜眞氏よりも優位に立っていた。つまり玉城陣営は、普天間移設問題以外の問題にも対応し、幅広い支持を得たのである。
このことは、世代別の調査でも指摘できる。10代、20代では、確かに佐喜眞支持が多かったとはいえ、4割程度の支持を玉城氏は獲得している。むしろ、経済振興に注力して若い世代から圧倒的な支持を獲得したかっただろう佐喜眞陣営からすれば、玉城陣営はむしろ善戦したのだといえよう。
その要因として、玉城氏の多様な政策が支持を受けたことに加え、知事在任中に亡くなった翁長氏とその遺志を引き継ごうとする玉城氏への共感もあったと考えられる。学生の一部は、「翁長氏の後継者に誰がなるのか」に強い関心を持っていた。
このように、今回の沖縄県知事選挙は、「普天間問題+アルファ」をめぐって争われた選挙であった。普天間問題は重要争点である一方で、それ以外の経済・社会問題でどれだけ支持を得られるかが近年の沖縄の選挙でカギになっている。玉城陣営は、この選挙において、普天間問題に関心を持つ人々の圧倒的多数に加え、それ以外の問題に関心を持つ人々からも一定程度の支持を獲得した。これに対して佐喜眞氏は、基地問題を争点化せず経済問題を前面に押し出すことで多くの支持を得ようとしたが、うまくいかなかった。ある学生は、様々なメディアやSNSの情報が飛び交う中で、「今回の知事選は、若者の意見がわかれると思う」と書いてくれたが、その予測は見事に的中したともいえよう。
さらに、「メディアを見ると、知事選の争点が辺野古移設しかないように思えてくるが、辺野古移設の賛否を明らかにしない候補者がいることも納得できない」というある学生の意見は、多くの若者の実感であったと思われる。そしてこのような不信感・不満は、佐喜眞氏と、それを支援し問題の根本にある日本政府に向けられていたのである。
課題を歴史的・構造的にとらえる
元沖縄県知事の稲嶺恵一氏は、かつて「沖縄の知事は、やるべき仕事の七割以上が、実は基地問題なんです」と述べた。それゆえ、地域産業、教育、福祉など「やるべきことができない」というのである(大田昌秀ほか『沖縄の自立と日本』岩波書店、2013年)。以前、講義でこの言葉を紹介したとき、ある学生が「そこまで基地問題の仕事をしなくてもよいのでは」という意味のことを発言したことが筆者には強く印象に残っている。
もちろん現実はそうはいかない。沖縄では米軍の事件・事故が頻発するし、さらに基地問題は他の問題と個別に存在しているのではなく、沖縄社会のあらゆる課題に深くかかわっているからである。何よりも、沖縄戦とその後の米軍統治の下で沖縄に基地が形成されてきたという歴史の上に、現在の沖縄の経済・社会問題があるのだ。戦争や米軍統治といった体験がない若い世代は、現在の問題を「今」という視点で見がちだが、その背後にある歴史や構造を理解する必要がある(筆者も教育にかかわる人間として責任を痛感する)。
沖縄の政治家にも、耳あたりの良い言葉で個々の政策をセールスのよう掲げるのではなく、沖縄の課題を歴史的・構造的にとらえた上で、様々な政策をパッケージとして目指すべき社会像を提示することが求められている。故翁長知事は、まさに現在の沖縄の課題を歴史的・構造的にとらえ、その問題解決に取り組もうとした政治家であった。玉城氏もまた米兵の子として生まれ、母子家庭で育ったという点で、戦後沖縄を象徴する人物であり、自らの経験を踏まえ、辺野古移設反対を掲げるだけでなく、多様でやさしい社会の建設を提示した。このような玉城氏の下で沖縄の歴史が継承され、その上で現在の問題への解決が取り組まれていくことを期待したい。また、これまでとは異なる認識を持った世代の動向が、沖縄政治にどのような影響を与えるのか、これからも目が離せない。
ただ、最後に個人的な思いを付け加えると、選挙や基地問題について、学生たちの話を聞くたびに、彼らの多くから発せられる、諦めにも似た複雑な心境に筆者は胸が痛くなることがある。日米安保体制という構造の下で、誰が彼らをそのような立場に置いているのか、政府や本土の人々がしっかり考える必要があるだろう。
【本稿は、「現代ビジネス」に掲載された論稿を一部加筆・修正したものです】