コラム 穀雨南風⑦ ~ 沖縄の若者が抱いた疑念

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「不参加」指南書の背景

 

一連の動きのなかで、管官房長官の発言が繰り返し報じられた。去年1128日の定例会見で、県民投票の結果が辺野古移設工事に与える影響は「まったくない」と答えたというものだ。どのメディアもその部分だけを取り上げていたのだけれど、去年の末に沖縄のひとりの若者がつぶやくように私に言った。

「まったくない、の前に、どのような形で行われるかわからない、と言っているんですよ。不思議だとは思いませんか?」

私はもう一度、会見の映像を見直した。それはこんなやりとりだった。

「県民投票の結果が、辺野古移設工事に与える影響について、どのようにお考えでしょうか?」

記者の質問に対して、菅官房長官は即座にこう答えている。

「どのような形で行われるか、わかりませんが、それは全くないと思います」

メディアが飛びついたのは「全くない」という部分だったのだけれど、若者はその前に口にした「どのような形で行われるかわからない」という言葉に引っかかっていたのだ。

それはこういうことだ。

県民投票で問う選択肢について、自民・公明は県議会で4択案を提案していた。「賛成」「反対」「やむを得ない」「どちらとも言えない」だ。これに対して県政与党は「賛成」「反対」の2択を提案、多数決の結果、2択で行われることが決まった。しかも菅官房長官の会見の前日、1127日には玉城デニー知事から投開票のスケジュールも発表されている。つまり、県民投票が「どのような形で行われるのかわからない」どころか、すべてが正式に決まっていたのだ。

それなのになぜ「どのような形で行われるのか、わかりませんが」という前置きを入れたのだろう。それが若者の疑問だった。

彼からその疑問を聞いたのは、12月の半ばだ。そのころには5つの市町村が県民投票に後ろ向きの姿勢を見せていた。つまり、そうした動き、県民投票が全県で行われないであろうことを、スケジュールが正式に発表された翌日の時点で、すでに菅官房長官が見通していたのではないか、もっと言えば、官邸と連携してことが動いているのではないかという疑いを、若者は抱いていたのだ。

その後、宮崎政久衆議院議員が、保守系の市議たちとの勉強会で、不参加の指南書とも言える文書を配っていたことが明らかになる。

1999年の地方分権一括法の成立によって、これまで上下関係だった国と県、県と市町村が対等・協力関係になったため、県民投票の事務を拒否できるという解釈が不参加の根拠となったのだけれど、まさにそうした法律的な問いに答えたのが、宮崎政久議員が配布した不参加の指南書だった。たとえば訴訟を起こされても門前払いとなるという見通しを示すなど、もし県民投票の事務を拒否しても、議員の責任は問われないことも指南していたのだ。

そのことが報じられると、宮崎議員は会見を開き、県民投票への反対を説いて回るために開催したわけではないと釈明し、政府や自民党本部の関与もないと述べた。しかし1210日には、その宮崎議員が宜野湾市長をともなって官邸で菅官房長官に会ったと、自らのツイッターに写真とともに記している。宜野湾市長が県民投票への不参加を表明したのは、その2週間後のことだ。若者の疑念が深まるのも無理はない。

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