住民不在の安全保障政策―沖縄の二つの住民投票から見えるもの―

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石垣島の住民投票署名運動

 

先日、石垣島を観光中に、中心街の桃林寺周辺でふと足を止めた。暗がりで不意に目に飛び込んできたのは、緑地に白で「石垣市住民投票を求める会」と書かれた、何本もののぼり。閉ざされたガラス戸の向こうにしまわれていた。

ガラスにはりついた大きな模造紙には、棒グラフと折れ線グラフで表された、住民投票条例制定を求める署名数の推移。15日目には計約4000筆だったのが、署名運動最終日の31日目には総計15135筆に達している。地方自治法による条例制定に必要な署名数は石垣市有権者の50分の1である約800筆だから、その約20倍、全有権者の約4割もの署名を集めたことになる。

石垣では20181031日から1カ月間、20代の3人の若者が中心となって、平得大俣地区への陸上自衛隊(陸自)配備計画の賛否を問う住民投票を実現しようと署名を集めた。地方自治法ではなく市の自治基本条例にのっとり、有権者の4分の1以上の署名を目標に設定、実現した。

だが21日、石垣市議会で住民投票条例案は可否同数となり、平良秀之議長が議長裁決で否決を決める。皮肉にもその日が「石垣市住民投票を求める会」の事務所開きだった。私が見たのは、条例案否決を受けた記者会見の場として一度使われたきり、閉ざされた事務所である。

住民不在の自衛隊南西配備

 

石垣島滞在中、防衛省沖縄防衛局による陸自駐屯地の建設工事に関する住民説明会が行われたので、会場を訪れた。防衛局担当者と住民との緊迫した質疑応答は、日本の防衛政策の矛盾が辺境の島に凝縮されていることを象徴していた。

20163月から与那国島に約160名の陸自沿岸監視隊が駐屯。また201610月から奄美大島に約550名、201711月から宮古島にも約700800名の陸自警備部隊・地対艦空誘導弾部隊を駐屯させるべく、建設工事が進められている。その次が、石垣島に奄美・宮古と同じ陸自部隊約500600名を駐屯させる計画だ。

これら南西諸島への陸自配備計画は、民主党政権下の2010年に改定された「防衛計画の大綱」(防衛大綱)で登場した。尖閣諸島をめぐる日中間の対立が高まったのを機に、「自衛隊配備の空白地域」である南西諸島への配備の必要性が打ち出され、2013年改定の防衛大綱に引き継がれる。力の空白は敵の侵入を許しやすい、という古典的な安全保障の考え方にもとづく。

軍事的対抗によって敵に自国への攻撃を思いとどまらせる抑止には、大きく分けて二つの方法がある。一つは、敵に目的を達成させない程度に抵抗できる軍事力を持つ、拒否的抑止。もう一つは、敵を完膚なきまでに叩きのめす軍事力を持って攻撃の意志をくじく、懲罰的抑止だ。陸自の南西配備は前者にあたるが、次の三点のような問題がある。

第一に、説明会で住民から石垣が戦場になる可能性を問われた防衛局担当者が、「そういう事態が起きないようにするための陸自配備」だと答えたが、その理屈では米軍を配備して懲罰的抑止に近づける方が戦争の可能性を下げることになり、陸自である必要性がない。実は、陸自の南西配備は彼らの予算獲得という政治的側面が大きく、安全保障の観点からは説明できない。

第二に、抑止力を高めることは他国との緊張を高め、かえって偶発的な戦争の可能性を高めるというのは、安全保障論の常識である。石垣の住民の問いは杞憂ではない。だからこそ、世界最大の軍事力を持つ米国でさえ、抑止と外交を対として偶発的戦争の回避に努めている。二言目には抑止と言う日本政府は、それができているのだろうか。

第三に、国民保護法では有事に国民を避難させるのは、自衛隊ではなく自治体の役割である。周囲を海に囲まれた小さな自治体にその能力や手段はあるのか。米軍の場合、朝鮮半島有事には米海兵隊が自国民の保護・避難にあたることになっている。2018年に陸自の中に創設された、日本版海兵隊と呼ばれる水陸機動団は、沖縄の離島ではなく長崎県佐世保市の相浦駐屯地に駐留しており、自国民の保護・避難任務は負っていない。

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