在沖海兵隊のグアム移転の真実

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米国内から在沖海兵隊グアム移転に異議

 

日米両政府は、2006年の米軍再編合意後、2009年には合意内容に関するグアム協定を結ぶ。

しかし、グアムの先住民であるチャモロ人の若者たちが、一方的に決められた日米合意への怒りの声をあげた。海兵隊用に新規接収予定の軍用地に、自然保護区内のチャモロ人の文化遺跡も含まれていたのだ。グアムの人口の約一割に相当する海兵隊関係者が移り住めば、ただでさえ脆弱な水道と電気の島内供給が、不可能になるとの危惧も加わり、現地の批判は高まった。

米議会も、移転費用の約6割を日本政府が負担するという、日米合意を信用しなかった。2008年にリーマンショックが起きると、議会はバラク・オバマ政権(200916年)に対して、軍事予算の削減を求める。そして、在沖海兵隊のグアム移転で米側が負担する、軍用地の接収費用や水道などのインフラ整備費用が、実際には、米軍の見積もりの倍以上になる恐れがあるとして、議会は関連予算を凍結した。

米環境保護庁も、海兵隊移転がグアムで引き起こす深刻な環境破壊を懸念し、計画の修正を要求した。

ことわっておくと、グアムは州ではない「未編入領土」であり、米大統領選挙の投票権や下院選出議員の議決権が認められていない。議会や環境保護庁の判断は予算管理や環境保護などの職務に沿ったもので、現地の民意がもたらした結果とはいいきれない。

グアム移転計画の変更

 

議会の予算凍結措置に直面して、民主党の野田佳彦内閣のもとで、2012年に新たな日米合意が結ばれる。

辺野古移設の進展にかかわらず、在沖海兵隊の戦闘部隊、約4000人をグアムに、その他5000人と家族を米領ハワイ州やオーストラリア、東南アジアに分散する内容に変わった。グアムに来る海兵隊は、当初合意の約4分の1。海兵隊基地は、新たに土地を接収するのではなく、アンダーソン空軍基地の中につくられることになった。

安全保障を専門とする齊藤孝祐氏の研究によれば、辺野古移設と在沖海兵隊のグアム移転が切り離された理由の一つは、中国の台頭や北朝鮮の指導者交代によって、グアムの米軍基地強化が急がれたこと。もう一つは、議会が、辺野古移設はもはや不可能だと主張したことだという。

※齊藤孝祐「在外基地再編をめぐる米国内政治とその戦略的波及―普天間・グアムパッケージとその切り離し」屋良朝博ほか『沖縄と海兵隊―駐留の歴史的展開』第5章(旬報社、2016年)

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