常態に潜む「毒」

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常態の「足かせ」

半年足らずの間をおいて日米の政治リーダーが相次いで交代する。

8月末の安倍晋三前首相の辞任表明とともに、「安倍政権の沖縄政策は最悪だった」との論調が地元紙を中心に相次いだ。ただ、沖縄の歴史的地位に照らせば、首相の属人性にとどまらない、国の制度や体制に由来する「足かせ」も見逃せない。

その一つが、沖縄振興特別措置法(沖振法)だ。同法に基づく沖縄振興計画は県が主体となって計画を立て、国が予算を確保する。1972年の沖縄の復帰以降、10年ごとに更新・改正を重ね、県は2022年度以降も延長を求める方針だ。

京都府立大の川瀬光義教授は同法について、「基地に反対するから」ということを、少なくとも表向きの理由として政府が予算を減額することはできないが、「結果的に(基地負担と)リンクさせる余地を政権に与える制度になっている」(10月1日付『琉球新報』)と解説する。

予算の確保が政府裁量に委ねられているため恣意性が介在し得る、というわけだ。「アメとムチ」の構図は制度上、宿命づけられているともいえる。この構造から抜け出すにはどうすればいいのか。

川瀬は「沖縄振興は必要だが、そのために沖振法が必要かは検討が必要」と唱える。沖振法が21年度で失効しても、経済条件が厳しい地域に対する支援策がなくなるわけではなく、沖振法によって適用除外となっている離島振興法などが適用される。「これらは、全国の自治体が対象となる施策で、政府が基地負担と予算確保をリンクさせる余地はまずない」からだという。

生活者の防衛本能をくすぐる「アメとムチ」政策は、ときの政権の倫理観をただすだけではなくならない。同様に、安倍政権だったから辺野古新基地建設を強行したのかといえば違う。実際、自民党からの政権交代を経ても「辺野古」は止まらず、沖縄を含む南西諸島に自衛隊を配備する「南西シフト」は民主党政権下で萌芽した。

11月の米大統領選で勝利を確実にした民主党のジョー・バイデン前副大統領に対し、菅義偉首相は「日米同盟をさらに強固なものとする」と祝意を送った。

バイデン氏が大統領になれば、トランプ大統領が壊してきた、第2次世界大戦後に米国が構築し維持してきた「米国主導のリベラルな世界秩序」の再構築が図られる、と展望するのは沖縄国際大の佐藤学教授だ(11月9日付『沖縄タイムス』)。

この米国の軍事・外交の「常態」は沖縄に何をもたらしてきたのか。

「沖縄戦終結後の軍事占領を、本来認められない形で継続させるサンフランシスコ講和条約」を日本に結ばせ、沖縄がようやく勝ち取った施政権返還も「その後の在沖基地使用を認めさせる方式」でしかなかった。復帰後も日米安保条約を盾に、沖縄での米軍基地由来の人権侵害や辺野古新基地建設にも「日本国内の問題」として向き合ってこなかった。そして今、対中強硬姿勢を維持する中で軍事的緊張が高まる沖縄にバイデン政権が何らかの配慮をするわけがなく、「沖縄は戦争回避を訴え続けなければ再び戦場にされかねない」。つまり、「常態」は沖縄にとってろくなことではない。とんだ「リベラル」である、と佐藤は皮肉を込めてつづる。

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