沖縄戦の教訓とは

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3 平和とは

この点、西洋政治思想史学者のC・ダグラス・ラミスは著書「要石:沖縄と憲法9条」(2010:晶文社)における次の指摘はとても重要である。

「武力によって、平和をつくることはできない」とは、日本の平和運動家がよく口にする言葉である。しかし、それは平和に関する伝統的な考え方と矛盾するし、厳密にいうと正確ではない。軍事力によって成立できる一種の平和があるからだ。おそらく、世界の人々の過半数、そして、確実に世界の政治家や政治学者のほとんどは、そのような平和が唯一実現可能な平和だと信じているだろう。その議論は愚かなものではないし、簡単に論破できるものもない。正戦論の創立者だと評価されているアウグスチヌス(354~430年)が述べたように、すべて戦争の目的は平和であり、そして、一方の勝利か、講和条約化、いずれかの方法によって、結局、平和が再設立される。人類史のほとんど、そして、今現在この世界に住んでいる人々のほとんどにとって、それが平和の定義そのものである。平和は講和条約によって確保されるものであり、講和条約は戦争を終わらせるために結ばれるものである。つまり、平和は戦争によってつくられ、軍隊、警察その他の国家暴力によって保護される社会状態ということになる。」

 私はここで、「正戦論」を肯定したいわけではない。保守も革新も「平和」を「戦争」の対義語とすることが、戦後76年、復帰49年という年月が流れた現在においても、沖縄が置かれた状況が本質的に変わらない原因ではないかと問うている。
 辺野古新基地建設反対を訴えた故翁長雄志前知事が「沖縄の置かれている状況に保守も革新もない、イデオロギーよりアイデンティティで結集すべき」と主張したのも同様の問題意識に基づいているはずだ。
 平和学の世界的権威であるヨハン・ガルトゥングは、この戦争のない状態を平和と捉えることを「消極的平和」と呼んだ。そして貧困、抑圧、差別、疎外など「構造的暴力」のない状態を「積極的平和」とする概念を提起し、平和の理解に画期的な転換をもたらした。暴力の意味するところが肉体的無力化または健康のはく奪という行為(狭義の暴力概念)、そして平和がこの意味での暴力の否定とみなされるならば、理念としての平和を追求するうえで、この暴力概念はあまりにも寛大であり、受け入れることが極めて困難な社会秩序でさえも、平和と両立しうることになる。それゆえ、暴力概念をより広く定義することが必要となるのである。したがって、「構造的暴力」の不在こそが、社会正義であり、それが「積極的に定義された平和の状態」だと示したのである。
 ガルトゥングは、暴力の拡大概念を示すことにより、平和の拡大概念を導いた。積極的平和概念によると、平和は誰かに押し付けられるものではなく、紛争の原因となっている貧困や抑圧、差別、疎外などの社会問題が解決すれば、紛争の根拠はなくなり、自然に訪れるものであり、社会の常識となっていくという「過程」を重視することができるのだ。

4 まとめ


 沖縄戦の教訓が、「再び、本土防衛のための捨石となることを拒否すること」なら、沖縄における問題や対立を、安全保障における二つの考え方の対立の問題として矮小化するのではなく、「軍事的に沖縄でなくても良いが、本土の理解が得られないから」という理由で決定した辺野古新基地建設、宮古や八重山の島々などの国境離島を、国土防衛のための「機能」とする土地規制法、対中戦略の名のもとに第一列島線にある琉球列島を最前線として中国を封じ込める海洋限定戦争を前提とした南西シフトなど、これら「本土防衛のための捨石」という沖縄が置かれた差別構造と向き合うべきなのである。
 沖縄戦経験者の『あんな悲惨な戦争は二度とするべきではない」という平和への想いを、私たちが引き継ぎ、その体験を風化させないためにも、私たちは、構造的暴力を解消する必要がある。
 それこそが、積極的に定義された「平和」の実現を求めることにほかならない。

【本稿はnoteを転載しました】
 

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