県民投票の可能性<下>

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沖縄内部の深刻な分断

 

現実の政治利害が絡まないことは、政治的立場の異なる人間同士の対話を可能にする。呉屋・金秀グループ会長が、県民投票の会を「本当の意味でのオール沖縄」と評価するのもこの点である。

選挙で辺野古移設の議論を避ける政治家が、当選したら移設への暗黙の了解を得たとするのは、民主主義のあり方として不健全であることはいうまでもない。だが呉屋会長は、「推進派が黙って、我々が一方的に票を伸ばして圧倒しても、それで本当に勝利とはいえない」と、逆の状況も望ましくないという。

沖縄県民は、生まれてから死ぬまで沖縄で暮らす人間が非常に多い。生まれた地域から動かずに一生過ごす人間も多い。大人になっても友達は中学校時代の同級生たちで、政財界の人脈は高校時代の先輩後輩関係からなるといわれるほどだ。

そうした地域において、立場を異にする者たちの間で議論がないまま、辺野古移設をめぐる政治的分断が深まっていく状況が、どれほどの人間不信とコミュニティの破壊を生みだすかは計り知れない。こうした危機感が呉屋会長の言葉には表れている。

 

分断の克服へ

 

県民投票の会は立ち上げ以来、意識的に分断の克服を図ってきた。元山代表は、県民投票の結果が「賛成だとしても、それも民意」と公言している。また、7月8日に行われた県民投票の会の中間報告会では、若者たちの発表と討論の場に、名護市長選で国に支持される渡具知武豊・現市長を応援した24歳の嘉陽宗一郎氏も参加した。

これこそ若者にしかできない試みだろう。現在の30代以下の世代は、戦争と占領の記憶がなく、かつて保革対立の軸だった護憲と安保反対(+自衛隊違憲)という思想を共有せず、リベラルであっても日米同盟や安全保障という言葉に嫌悪感を持たない者が大多数だ。思想的な対立軸がない若者であればこそ、議論による歩み寄りを実現しやすいはずだ。

本来、政治は交渉と妥協によって成り立つ。交渉と妥協を徹底的に排してきたのは安倍晋三内閣であり、歴代の政府ともども沖縄の中に楔を打ち込み地域社会を分断してきたという、根本的な事実を忘れてはならないが、持ち込まれた分断に翻弄され、疲弊した沖縄を救う手立てを真剣に講じる時期に来ている。

政治的勝敗や立場の白黒をつけず、目の前のことだけを見つめない若者の議論は、決して言葉遊びではない。民主主義の基本は少数派への配慮であり、反対派は賛成派が歩み寄れる余地を、賛成派は反対派が妥協できる余地を模索する手段が議論なのである。政府が民主主義の基本を守らないからといって、沖縄が真似をする必要はない。

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