「本土」が分断を生んだ

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「成熟した民意」は財産

米須さんの陳情行動には「ネタ本」がある。今年5月に沖縄の出版社「ボーダーインク」が発刊した「沖縄発 新しい提案」だ。全国の議会への陳情を提唱する同書を、中心になって執筆した那覇市在住の司法書士、安里長従さん(46)はこう話す。

「多くの県民が感じている怒りを、スローガンではなく、できる限り理性的な言葉を使って、何がおかしいのかを論理的に説明したのが本書です。多くの市町村で陳情が採択されれば、『辺野古が唯一』という政府のロジックは使えなくなります」

日米の「普天間返還」合意から22年が経過した。
この間、軍事的理由ではなく、「本土の理解が得られないから」という政治的理由で県外移設が実現しない内実が可視化された。また、基地とリンクした振興策では持続的な経済発展が図れず、地域社会の分断や自治の破壊をもたらし、貧困問題を一層深刻化させる構造も浮き彫りになりつつある。だがこうした過程を経て、沖縄の民意は成熟した、と安里さんは見る。

「誰が知事になっても、成熟した民意は財産として残ります。翁長前知事はその民意を巧みに言語化した政治家でした。それは翁長さんの最大の功績だと思います」(安里さん)

憲法で保障された権利や民主主義の原則が、沖縄では適用されていない。この不満は職業や年代を超えて共有されている。知事選で問われたのは、こうした「沖縄と本土の自由の格差」だと安里さんは言う。
「基地や貧困、教育はこれまで別々の問題だと認識されていましたが、『沖縄の自由が奪われている』ことが根本要因だと認識されるようになりました」
こうした認識が県民の間にどれだけ浸透したのか。それが知事選の結果に反映される、と安里さんは見る。

安里さんは、辺野古新基地建設の是非をめぐる県民投票に向け、署名活動を展開した市民グループの主要メンバーでもある。9月5日に9万2848人の有効署名を県に提出。来年春までに県民投票が行われる見通しだ。
「知事選後には県民投票が控えています。基地問題のシングルイシューで議論を深め、真に問われているのは本土の人たちだという共通認識を構築したい」
終盤まで激戦が伝えられる知事選。翁長前知事は生前、基地問題をめぐって沖縄が分断されているのを「本土の人たちが上から見て笑っている」と表現した。そうした状況から脱するのが、県民投票の真の狙いだと安里さんは言う。

 

「民意の分裂とは言いたくない」

「沖縄で主権侵害が続く中、憲法よりも先に改正すべきは日米地位協定でしょう」
そう訴えるのは、明治政府から東京移住を命じられた琉球最後の国王に従った祖父を持つ川平朝清さん(91)=東京都港区在住=だ。
川平さんは1972年の沖縄返還に伴い、ワンダリー夫人、息子のDJジョン・カビラさん、俳優の川平慈英さんとともに沖縄から移住。人生の過半を東京、横浜で過ごした。
川平さんは、新知事には「翁長前知事の遺産を、どう積み上げていくかが問われる」と唱える。翁長前知事の遺産とは「イデオロギーよりアイディンティティー」という認識を県民に植え付けたことだ。

川平さんは、知事選で浮かび上がった分断を「民意の分裂とは言いたくない」とも語る。分断は沖縄の人々の意思によるのではなく、広大な基地の存在が強いたものだと考えているからだ。
「沖縄本島の米軍基地を東京23区に重ねると、11区を占めるんですよ」
川平さんはこう続けた。
「70年以上も耐えられますか」

川平さんの訴えは、翁長前知事のこの言葉と重なる。
「沖縄が日本に甘えているのか、日本が沖縄に甘えているのか」
【本稿は週刊アエラ(10月7日号)を加筆・再構成しました】

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